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2014年4月26日 (土)

(続)毎年恒例の生命保険会社からの訪問

【4月25日終値ベース運用状況速報】

■投資元本
57,030千円

■評価損益(分配金・確定損益・税還付込み)
22,139千円

■損益率
38.8%

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前回は毎年春にやってくる生命保険の営業訪問について、その切り返しを話ました。

しかしながら個人投資家たるもの保険も投資のひとつと捉えて、合理的な商品選択を行うべきなのかもしれません。本来は貯蓄状況や将来債務をよく考えて、加入している保険についてしっかりと見直すべきなのでしょう。保険でカバーすべき必要な備えを洗い出し、それをできるかぎりローコストな商品でもって対応すべきなのでしょう。

しかしながらWATANKOはそこまで厳格にはできておらず13年前に加入した保険をそのまま継続しています。家計の見直しの中でWATANKO自身が保険についてあまり関心を持てないこと、金銭については保守的な妻が、この財閥系大手生保の商品からネット保険などへは乗り替えに消極的であること等が理由です。

せめてもの対策としては、上述のとおりほぼ毎年提案される特約や一時金の見直し提案(=毎月の保険料が増額する。)を断り続けていることですが、他の心掛けとしては以下2つです。

1.同じ保険に加入していても仕組みとして加齢に伴い保険料が上がる段階になったら、保険内容を削減見直しして(それが可能な保険です)、毎月の保険料を同額に維持するようにしています。

これは加齢により若い時と同じ保障内容を同じ保険料で受けること厳しくなっているのであれば、保障内容を軽減することで対応するものです。それだけ保険に頼る度合いを減らしていくわけです。

2.年収があがっていても保険料を定額維持することによって、その負担を相対的に軽くしてきています。

1の結果、保険に頼る度合いは減りますが、年収があがる一方で、保険料は据え置くことで浮いた可処分所得は貯蓄にまわすことで万が一に備えていきます。

こうして保険にかけるコストを現行の加入商品の範囲内で実質的な見直しをしています。

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以上の考えはWATANKOが20代の頃に半分仕事、半分プライベートで付き合いがあった大手生保の敏腕営業マンからのアドバイスがもとになっています。

彼曰く、

「保険とは保障内容を先ず決めて、そこから算定された保険料を支払うように契約してしまいがちである。しかし将来予測が困難である以上、適切な保障内容を事前に見極めることができる人はいない。」

「保障内容だけを取り出して考えてみると、それは手厚ければ手厚いほど良いに決まっている。ただしそれはコスト(保険料)に跳ね返ってくる。それだけ保障が厚ければ保険会社にとっても旨味が大きいので、顧客の不安を煽り、あれもこれもついた出来るだけ手厚い保障内容で契約をまとめることに注力するだろう。」

「そこで考えるべきは保障内容を決めて保険料を決めるのではなく、先ず家計のやりくり上、毎月支払うことが可能な金額、あるいはその人の経済観念として生命保険なるものに支払ってもよいと判断できる金額を保険料の上限と定めるべきである。その保険料にて、どこまでの保障を得られるかという視点で商品比較をすべきである。」

というように保険とは、先ず保険料を決めてそこから保障を詰めていくべきとのアドバイスでした。

これは家計管理のセンスから言えば当然とも言えます。来日したオバマ大統領を見て、うちも銀座すきやばし次郎で客単価30千円の寿司を食べたいといっても、食費の予算が足りなければ近所のスシローに出動とあいなるわけです。

日々の生活における各々の支出には程度感、金額枠が先ずありその中で商品選択をすることになるわけで、保険とて同様でしょう。(嗜好品や趣味に係る支出はこれに当てはまらないかもしれませんが、「保険が趣味」という人はあまり見かけたことがありません。)

保険においてやや冷徹な言い方をすれば、例えば毎月わずか1,000円の保険料で死亡等の一時金1億円の保障を一生涯得られるわけではありません。基本的には保障は保険料に連動します。可処分所得が限られている方は、支払う保険料も限られ、受け取ることができる保障もその保険料で提供されるレベルとなります。

手厚い保障は高い保険料にはね返り、それを負担しようとすれば可処分所得が限られている人には分不相応な贅沢ともなるわけです。また保険料からみれば「WATANKOが支払える毎月の保険料はX,000円。それでは一時金はYY百万円に過ぎない。つまるところそれが保険の世界から見たWATANKOのバリューなのだ」ということです。

世間では高い費用をかければ、往々にして素晴らしい商品・サービスが手に入ります。(どうやら投資信託はそうでもない面もありそうですが。)

保険もまた同様ですが手厚い保障のために毎月の支払いに窮するようであれば、その契約は見直すべきでしょう。

(あとがきにかえて)

このテーマ、この駄ブログをスタートしたころに一度取り上げています。

関連記事:生命保険の契約更新

今回はさらに丁寧に記事にしてみました。

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コメント

再び失礼します。ottoです。
私は「保険」で準備すべきなのは『確率は低いが万一発生したら貯蓄で賄いきれない巨大な費用』に対する備えだけかなと思っています。
自動車保険の「免責」(自己負担)を大きくして保険料を抑えるようなイメージです。手持ちで賄える程度の費用をわざわざ外部に手数料を払って面倒を見てもらう必要はないかなと思いまして。
「死亡」なら自分についてはそれまでの話。妻に対しては今の貯蓄を渡せるので良いかなと。一番問題なのは自分が高度障害になったときですよね。お金は入って来ないが妻は働けず費用はかかりますから。そこに対する手当を手厚くしておくと良いのかなあと考えています。
高度障害で長期生存する確率はかなり低いようですが、だからこそ「保険」で備えることで費用対効果が期待できるように思います。
終身の死亡保障は発生率が100%の事象に対する保険なので、簡単に言えば保険料は保険金になっていつか全員に払い戻されるわけですよね。そういうものは「保険」であるべきなのかなと疑問に感じます。
歳をとれば貯蓄も進みますし、死亡保障については年齢が若い時に定期で入るだけにしておくのが経済的なのかも知れないと考えたりします。
また長文ですみません。
ここで保険を見直したものですからつい。

ottoさん、コメントありがとうございます。

保険に対するいろいろなお考え、WATANKOも同意です。確かに一番やっかいなのは働き手である者が高度障害になった時ですね。収入源+治療費+介護者が働けずという経済面でのトリプルパンチは想像しただけで気が重くなります。

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