子どもは大人になるにつれて近づき、そして離れていく
(親のまぶたに残るのはいつも幼い時の面影)
WATANKOには長男、次男の二人の子どもがいます。このうち長男はこの春で大学3年生です。理系の大学に通っており、授業以外にも実習などあって忙しかったり、さらにはバイトや仲間と遊びに出かけたりと、よくある大学生ライフを送っています。
そんな長男との間にも一時、十代の半ばから後半にかけて、WATANKO夫婦と距離が大分離れた時期がありました。それは思春期特有の反抗期であったり、受験勉強のストレスからくるものだったかもしれません。
しかしここ1~2年はそんな長男も大分変ってきました。以前の親から離れた態度がなくなり、家族と自然と会話を交わし、ある程度、行動をともにするようになってきました。ティーン時代にたっていたカドがだいぶ取れてきたようです。
長男の最近の様子を思い起こしてみると、当人は大学生、そして成人になって、大学をはじめ社会にある様々な外部に対して、自分自身が直接やりとりするようになりました。そこで社会には様々な実態、複雑なこと、大変な事情があることに気がついてきたようです。
そして親が仕事や家庭の面で色々な課題を抱えつつ、いかに日々を過ごしてきたのかということについて、少しばかり想像力を働かせ始めてきたようです。
「お父さんは、毎週末休日出勤していて大変だね。」
「会社以外にも土地のやりとり(不動産賃貸のこと)なんかやっていて大変だね。」
長男は、こんな風にWATANKOの社会人としての行動とその大変さに興味を持ちはじめました。
WATANKOもまたこれを機会に、長男にお酒の飲み方を教えるべく、色々なお店につれていったり、自動車運転の習熟がてら郊外にドライブに連れ出したりしています。普段家にいる時もリビングで社会の仕組みについて色々な話をしています。
そんなわけでなんだか最近は大分仲良し親子モードになってきました。妻もまた「最近、長男は毎週末あなたにべったりね。」と言います。
しかしそのような状態がこれから5年、10年も続くわけではありません。
長男は大学卒業後、就職し、社会人として独立していきます。そこには彼をとりまく新しい環境が待っています。いつまでも親と一緒ではありません。あらゆることに1人で立ち向かっていかねばなりません。彼は就いた仕事によっては、親と何年も会えなくなるかもしれません。
そんな長男の巣立ちを前にして、今はこの最後のモラトリアム、WATANKOは長男との貴重な時間を過ごしたいと思っています。
(あとがきにかえて)
やがて巣立っていく長男に対して、親がしてやれる最後の仕事は、長男が好きな仕事につき、自由な生き方ができるために、そして経済的に窮地に墜ちいった時のために、いくらかの経済的な担保をそろえてあげることです。
それは単なる当人の日常の家計生活の足しとする金銭支援ではありません。当人のキャリア形成やトラブル対応のために一時的にお金を必要になった時に用いる資金です。一度目減りすれば、その後、当人が自助努力で蓄え直してもよいですし、最悪無くなっても構いません。
そのためにWATANKOは、今日はこれから不動産投資の打ち合わせ、明日は休日出勤、そして長期に渡ってインデックス投資を続けています。
妻ミサト「な~に、大丈夫。長男が離れていっても、私がいるわよ!サービスしてね!」
WATANKO「そうだね。長男よりもお金がかかりそうな君がまだ残っているね...。(ボソッ)」
妻ミサト「!!!」
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