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2017年5月13日 (土)

“バスの食堂”があった土地を売る日が来た

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WATANKOが不動産投資家としての活動を本年2月にリブート(再開)してから3カ月近くが経ちました。

その活動のメニューには保有する、とある遊休土地の再活用も含まれていました。

■賃貸から、賃貸or売却へ

その土地は遊休化してから、丸4年以上が経ちましたが、その間なかなか賃貸先が決まらず活用が進みませんでした。その主因は、振り返ってみれば斡旋をお願いしてきた不動産業者のパフォーマンスの悪さにありましたが、そのような業者を起用し続けたのはあくまでWATANKOの自己責任ですので、仕方ない面でもあります。

そこで今回はこの遊休土地について再びマネタイズを考えはじめたのですが、そこでは「賃貸」だけでなく「売却」もまた検討の俎上に上げることにしました。

賃貸ケースと売却ケースでどちらのトータルリターンが良いか。それを試算した上で、売却の方のリターンが良ければ、思い切って処分する選択肢もとる覚悟でいました。

実は2つの選択肢があり得るところまで自分の決意を固めるだけでも、WATANKOは結構悩みました。

なぜならその遊休土地は、WATANKOにとって少なからず思い入れがある土地だったからです。

■“バスの食堂”の記憶

時に西暦1972年。

今からおよそ45年前、WATANKOが保育園児であった昭和40年代後半の頃、WATANKOの父は国道沿いのとある場所に土地を所有していました。一部は田んぼでしたが、道路沿いの部分は土くれの不整地でありました。

詳しい経緯は不明ですが、父はそこに廃棄となったバスを設置し、中の座席を一部撤去して食堂としてあつらえ、近所に住む知り合いに調理と接客を頼んで、食堂を経営していました。

それは通称“バスの食堂”と呼ばれていました。

当時、国道を挟んで“バスの食堂”の反対側には大規模な物流施設があり、工事も頻繁に行っていました。よってそこで働く作業員がよく昼食をとりに“バスの食堂”をやってきたそうです。食事処やコンビニがあちらこちらにある現代と異なり、作業員たちにとっては近隣に食事をとれる場所がなく、また汚れた作業着のまま、そして作業靴を脱がずに土足で食事ができるとってもカジュアルな飲食店として“バスの食堂”はそこそこ集客していたようです。

WATANKOもまた保育園の帰り道に母につれられて時折、“バスの食堂”に立ち寄りました。そこにおいてある少年サンデーや少年チャンピオンを読みながら、WATANKOはカレーライスを頬張っていた記憶があります。

その後、WATANKOには記憶がまったくないのですが、“バスの食堂”はいつの間にか撤去され、土地は整地され、今度は長年に渡り飲食店舗や駐車場として活用され続けました。


■“バスの食堂”の軌跡

この土地は、WATANKOが実家から不動産賃貸業を引き継いでしばらくは賃貸活用されていたのですが、現在は遊休地となっております。

この土地、すなわち“バスの食堂”の跡地とは、WATANKOの両親が農業という低収入の家計を補うべく、所有地を色々な形で活用してきた軌跡でもあるわけです。

そこにはWATANKOは自分がカレーライスを頬張った記憶だけでなく、父母が自分達、そしてたったひとりの息子であるWATANKOの将来のために懸命に稼ごうとした軌跡があります。

そのような軌跡がある土地を売却する気持ちには、WATANKOはなかなかなれませんでした。よって不動産賃貸を親から引き継いで以降、この遊休土地は賃貸としての活用しか考えてきませんでした。

しかしそれを今年に入ってから、思い直すに至ったわけであります。

(つづく)

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不動産投資」カテゴリの記事

コメント

たとえ税金支払いがあってもご先祖さんが残してくれたものですからねえ。
ましてやお金に困っているわけでもなければ大変な決断が必要ですね。
ビジネスライクに判断できればいいですが・・・
私は遊休農地を駐車場に転用するだけでも後ろめたかったです。

当方の祖父が亡くなる際、

「あの土地(当方の父が売却済の土地)は当方一族のモノだ。

何としてでも跡継(当方)が取り返せ。」

と言っていました。

現在、(土地の買戻はせずに)数十倍の価値がある都心の土地を購入しました。

今でも心が痛いです。

(;ω;)

昔人間さん

コメントありがとうございます。

WATANKOは当座、いやおそらく将来も、この”バスの食堂”跡地をどうしても売却しなければ困るような状態ではないでしょう。

しかしこの土地を所有し続けることが、将来に渡ってベストとは限りません。そのほか色々と考えて今回の決断をしました。

続編をご参読いただければ幸いです。

アニキさん

コメントありがとうございます。

昔は農業を営む人がが多く、農作物を得られる土地をどれだけもっているかが経済生活の肝でしたね。その名残でしょうか。

>私は遊休農地を駐車場に転用するだけでも後ろめたかったです。

私も行いました。今のところ史上最大最悪の不動産投資でしたが。(笑)

http://watanko.way-nifty.com/fundandcar/2014/09/post-a59c.html

後々のことを考えると早いうちがいいですが、それがなかなか出来ないのが人情で、そして没落、よくあるパーターン、借り入れをしている場合は厄介です。今は売り頃ですしねえ。

たんちんさん

コメントありがとうございます。

土地を売るタイミングは本当に難しいですね。売り急げば、足元見られて、買い叩かれます。

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