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2017年6月 9日 (金)

父が遺した最後の賃貸契約の終焉③-退去に至る道

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(前回からの続きです。)

東日本大震災にて被害をうけたJ社は経営危機に陥り、賃借先の店舗オーナー達に対して賃料の支払いの遅延を引き起こしました。WATANKOはこの事態がどこまで深刻になるか読めず、その収拾と今後の管理マンパワーの削減のために不動産業者K社に管理を委託することにしました。

■悪化する関係、そして退去へ

K社は地元で古くからある不動産業者であり、現在は若社長(といっても40代)が2代目として、老舗ならではのネットワークを駆使して営業しています。そのスタイルは当事者間の契約にキッチリ基づき、オーナー側の利益を第一に、相手に対して義務の履行を徹底的に要求し、法的手段もいとわないタイプです。年輩の業者にありがちな「何事も話し合いで円満に解決」というスタイルとは180度正反対です。

WATANKOは「K社に賃料の回収を含めた管理業務の一切を委託したため、今後の連絡は先ずK社を通す」旨をJ社に連絡しました。その後のK社はJ社と打ち合わせを行い、その毅然とした姿勢と交渉によって、数か月後には遅延していた賃料が支払われることになりました。

しかしJ社の社長は腹の底ではK社の存在を認めておらず、何かあるたびにWATANKOに直接連絡をよこしてきます。その都度WATANKOはK社を通して連絡・交渉する旨を伝えますが、J社とK社と間には連絡が全くやりとりされません。トラブルが起きてもJ社とK社との間は没交渉な関係が続きます。

やがて店舗の電気設備の更新をめぐるトラブルが起きると、J社の社長は賃料の未払いを起こす始末となりました。さらにはWATANKOの店舗との契約を終了させて出ていくことを腹に決め、今年の年明けになってWATANKOに連絡してきました。

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■ボヤの発生、そして退去へ

J社との契約終了にあたっては、管理を委託しているK社にWATANKOの要望を伝えて一切を取り仕切らせるのが本来のやり方です。しかし上述のとおりJ社とK社は没交渉の状態にあり、このままでは退去の段取りの打ち合わせが進むとは思えません。そこでやむなくWATANKO自身が退去について、J社と直接協議することにしました。

震災以降、K社に管理を委託するも当初遅延していた賃料の回収以外はK社はJ社に対してほとんどまったく管理会社として機能していませんでした。これについては2社の態度や行動にそれぞれ問題があった面もありますが、一方でWATANKOはやはり不動産賃貸のトラブルはオーナーが自ら動くことが必要であると今更ながら痛感することになりました。

またここにきて更にトラブルが発生しました。J社はWATANKOに年初の時点で半年後の退去を連絡してきたのですが、春先になって店舗にてボヤ騒ぎがおきて消防車が出動する羽目となりました。

ボヤの被害は結局ごく小規模でありましたが、J社としては今更修繕して営業再開する気もなく、ボヤの翌日時点で直ちに閉店せざるを得ない事態となったわけです。

こうなるとJ社からみれば退去の予定期間まで売上もたたない、ボヤでJ社自身にも損害が出る事態となり、退去をできれば前倒しにしたい、退去にあたって復旧費用などの出費を抑えたいという願望がでてきました。

そこでWATANKOはJ社の社長と何度か打ち合わせを重ねて、退去にあたっての条件につき協議してきました。なかでも賃貸契約書に書かれている「原状復帰」の定義や保証金の取り扱い等について、双方の意見は食い違いことが多々あり、J社社長はE社から店舗の営業を譲りうけた時の条件等WATANKOがあずかり知らないことまで持ち出して自己の主張を通そうと必死です。

結局、J社にある程度譲歩する形にて退去の条件を決めて、当初の予定より1ヶ月早く賃貸契約を終了させることになりました。

こうしてWATANKOはJ社との間に合意解約書を取り交わし、16年間続いてきた賃貸契約は終焉を迎えることになりました。

■J社について

WATANKOにとっては、これを機会にJ社と手を切ることができたことは幸いでありました。J社はE社の破綻から成り行きで賃貸先として付き合う関係になりましたが、J社の飲食店経営のリスクにWATANKOの店舗はよく巻き添えをくっていました。

それであってもWATANKOとしては賃貸を継続してくれることを第一優先として、トラブルが起きても穏便に済ませてきたり、賃貸を開始した初期の頃はJ社の好き勝手な振舞いを随分と黙認してきました。

J社は上場を狙った無理な店舗展開やその後の震災から受けたダメージから、この先の経営はまだまだ大変であろうと予想していました。J社の社長はプライベートでは数億円かけて豪邸を建てたり、数千万円もする英国の超高級車を乗り回していますが、会社の内情はかなり大変であることは調べがついていました。(会社名を伏せているとはいえこれ以上はちょっと書けず...。)

もしもJ社がE社と同じように経営が破綻すれば、WATANKOの賃貸契約にも悪影響を及ぼしかねず、WATANKOはかねてからそういったJ社とは関係を絶ちたいという意向を年々強く持つようになっていたわけでありました。

しかしこちらかは契約解除を申し入れれば、J社からはどのような条件をふっかけられるかわかりませんので、K社と相談しつつ、J社の情報を収集しながらここ数年は手を切る機会をずっと探っていたというのが実情でした。

それがこの度、J社からの申し入れを契機に契約終了、退去が成立したことは丁度よい展開でありました。

気がつけば、この賃貸契約がWATANKOが父から引き継いだ契約の中で、最後に残ったものでありました。この契約を終了させたことで、父から受け継いだ賃貸はごく小規模の駐車場物件を除いて一切がなくなりました。

さあ次はこの店舗の再活用であります。

(つづく)

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