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2019年2月28日 (木)

インデックス投資をはじめて満11年-終着駅までたどり着いてみたい

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(自分の投資の行きつく先はどこなのだろう)

時に西暦2008年2月末

リーマンショックが起こる半年余り前、米国で発生したサブプライムショックにより株価がすでにジリジリと下がり気味の季節。

WATANKOはジョインベスト証券(当時名称 現:野村ネット&コール)に開設した口座から「三菱UFJインデックスファンド225」を200千円発注し、3月初に約定しました。これがインデックス投資の始まりです。

あれからちょうど満11年が経ちました。


■サラリーマン+不動産投資、そこへインデックス投資

WATANKOは首都圏にて働くごく普通のサラリーマンです。しかし資産形成については、結婚後に始めた給与天引きの一般財形だけで投資の世界とは無縁でした。

ではサラリーマン生活は安泰であったかというとそうでもなく、過去には勤務先での業績不振と大リストラに直面し、子どもが生まれたというのに給与カット、ボーナスカットが数年続きます。この時サラリーマンの収入だけに頼ることの怖さを体験しました。

やがて30代半ばになると年老いた父に代わり、実家が営む不動産賃貸業を徐々に継承しました。新規の投資も行い段々と軌道に乗ってくる一方で、賃料の値下げ要請や未払い、物件の破損、隣地所有者との諍いなど様々なトラブルを経験してきました。サラリーマンを行う傍らで週末、不動産投資家を続けていくことは大変です。

40歳になる頃、マイホームや介護、相続の問題が概ね片付き、勤務先でのキャリアも巡航状態を迎えた時に、手持ちの余裕資金をもっと活用して利を得たいと考えるようになりした。でも不動産投資を更に拡大することは限界であり、もっと手間がかからないであろう金融商品に着目しました。

ところが定期預金では利回りの水準がお話にならないくらい低いですし、かといって個別株やFXについてはそのリスクにとても正面切って立ち向かえる勇気(蛮勇?)はありませんでした。

嗚呼、神様よ。決して欲はかき過ぎません。WATANKOが子どもの頃に定期預金で目にした4~5%の年間利回りで十分ですから、リスクを抑えてそれを達成できそうな投資方法はないものか。

WATANKOは当時このように資産運用の新しい道を探索していたところにインデックス投資と出会い、これを採用して現在に至っています。

サラリーマンに不動産投資、そしてこれらにトッピングする(できる)投資方法として手間が少ないインデックス投資がピッタリでありました。

勤務先(給与所得)の浮沈や不動産投資(賃料収入)のリスクがある以上、証券投資においてはリスクコントロールを念頭においてインデックス投資を選んだということです。

■前半期はいろいろ弄っていたけれど現在はバイ&ホールドが完全定着

インデックス投資というと、インデックスファンドをただ買うだけでなく、合わせ技として積み立て購入、バイ&ホールドなどが模範的な手法でありましょう。

しかしWATANKOはこれまでの11年間のうち前半期には、

▼リーマンショックからの一時的な回復期を捉えて、一部の投信を「やれやれ売り」

▼証券優遇税制の終了にあわせて商品の売却と再購入、つまりはクロス取引

を行ったりしました。今思えばリターン面では大した効果はなく、メリットは保有商品の数を絞り込むことができたことくらいでした。

この反省から2014年にNISAがスタートして以降は、保有商品の売却は行っていません。

以下はこれまで11年間のインデックス投資の運用成果です。

まずは購入元本と資産評価額の推移です。(金額単位:千円 以下同じ)

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つぎに評価損益と損益率の推移です。

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このグラフを見るたびに、リーマンショックの頃の損失は、今現在の評価額の変動に比べれば小さなものであり、また損益率が変動しても慌てずに積み立て投資を続けてきたことが分かります。

インデックス投資は今や自分の資産運用手法として完全に定着していることを実感します。

■途中下車はせず、たどり着く先までみてみたい

WATANKOはインデックスファンドを対象に毎月積み立て投資を行い、投資元本の累計額を20年間かけて1.5倍に増やすことを定量的な目標として掲げていました。

昨年はその定量的な目標について、実際の金額を対外的に明示しました。

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1月末の資産残高は約200百万円なので、株価と為替が今後も現在の水準を平均して維持し続けると仮定すれば、目標の300百万円まで残り9年間で100百万円となります。

この100百万円の達成確度については余裕資金の積み上げ、ETFからの収益分配金、退職金、不動産物件の今後売却額をあわせれば、なんとか到達しそうな状況となりました。

さらにこれにリスク資産のキャピタルゲインが加算される可能性はありますが、逆もまたしかりであります。

いずれにしてももうこれ以上のリスク金融商品の追加購入はやめてしまっても構わないのではないかというところまで到達しました。

ではもう新たな積み立て投資は辞めるのか。

・・・いえ、そんなことはありません。

これまで11年間、自分で正しいと信じて続けてきたインデックスファンドの積み立て投資。これを当初の予定どおりリタイアする日まで続けた結果、どんなゴールが待っているのか。

自分の投資について途中下車することなく、その終着駅の風景を見てみたいです。

自分のインデックス投資の予定期間は当初20年間でした。現在は半分ちょっと経過して、残り9年です。また60歳定年前に早期リタイアするとなればこれは更に縮まりますが、この残存期間の中でもう一度くらい暴落を経験することがあるかもしれません。

現在、WATANKOの運用資産残高は200百万円に達していますので、この水準で暴落が来たとしたら、資産減少は50~60百万円、いやもっと大きいかもしれません。

その時であっても自分はリーマンショックの時と同様に積み立て投資、あるい追加スポット投資を続けることができるだろうか。

そしてその暴落を乗り越えた先にWATANKOのインデックス投資が大団円を迎えるのか。

そんな将来展開があるのかなと勝手に妄想して、インデックス投資を続ける万年素人個人投資家がここにいましたとさ。

(あとがきにかえて)

妻ミサト「ねえ、投資をいつまで続けるつもりなの」

WATANKO「昔、銀河鉄道999ってTVアニメがあったでしょ。主人公の長い旅が最後にどこにいきつくのか。それを見てみたかったように、自分の投資は当初の目的自体は達成がみえてきたけど、それでもまだまだ続けてどこまでいきつくのか見てみたくなりました。」

妻ミサト「男の浪漫ってやつですか!」

WATANKO「そうそう。浪漫よ。」

妻ミサト「浸るのはいけど、私の老後資金分は途中下車してくださいな。」

WATANKO「!!!」


2019年2月26日 (火)

2018確定申告

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(今年の納税額はおいくら万円?)

確定申告のシーズンがやってきました。個人投資家の中には御自身で申告書を作成、提出される方々を見かけますが、WATANKOは以下の理由と(正直に言えば)甘えの気持ちから地元の税理士法人に申告書の作成・提出を委託しています。

■税理士法人を起用する理由

1.確定申告における誤謬や遺漏を防止し、品質を確保することを何よりも第一優先とするため。もし品質に問題が生じた場合、委託先の税理士法人に責任を負わせます。

2.不動産賃貸業を行っているおり申告の作成は手間がかかり面倒であるため。普段仕事で様々な書類、資料を作成しているので、プライベートの面ではそういった作業は最少化したいです。

3.将来の税務調査に備えた対策の一環であるため。これ以上詳しくは書けませんが、地元のそれなりの税理士法人を起用していることで確定申告書の正確性をあらかじめアピールします。

4.そもそも複雑で面倒な確定申告をする根拠のほとんどは親から継いだ不動産賃貸業に起因するわけであり、その申告のためにかかる手間賃くらいは不動産賃貸収入から賄ってもよいだろうと考えるから。

5.WATANKOが将来、不意の病気・怪我に遭ってしまい確定申告に関われない状態に陥った場合でも、確定申告の経験がない家族のために税理士法人がサポート役として期待できるため。

上記のうち1~4までは従来からあげていた理由ですが、今回は追加の理由として5番をあげています。もう50歳代を迎えてますから家族のこともかなり意識する必要があります。

■例年どおり地元税理士法人に依頼

さて税理士法人への依頼にあたっては毎年、次のとおり進めています。

①1年の間、確定申告に必要な領収書、証明書、市役所・税務署が発行する資料や通知、その他明細などを逐次ひとまとめにして保存しておきます。

②毎年、2月に入るころ、自分と妻の2名分の前年収支の簡単な明細をExcelで作成し、上記①をその証憑一式として揃えます。

③②の明細と証憑一式を税理士法人に提出、説明します。この時に疑問点などあれば都度、確認を行っています。

④申告書のドラフトが出来上がったら、その内容の説明を受けます。とくに費用として控除すべき内容に遺漏がないか逐一確認しています。

特に問題がなければ上記①~④あわせてかかる時間は年間合計5~7時間程度です。

報酬は2人分あわせても十数万円です。上記の理由に基づく対価としては、WATANKOはリーズナブルであると捉えてます。(当然ながら、この費用も申告上損金として控除)

■申告内容は平準状態に

昨年、平成29年の確定申告では遊休不動産の売却、アパート建築の借入金の借り換え、所有店舗の解体工事といったイレギュラーな動きが含まれていましたので例年に比べて込み入った内容でした。

それにくらべて平成30年の申告では特別大きな動きはなく、28年以前と同様の内容です。

以前と比べて賃貸契約の新規変更による賃料収入の減少があったものの、不動産の減価償却費や金利手数料もまた減少したことにより、課税所得は大きな増減はありません。

アパートついても築10年目でしたが、ほぼ満室にてあり収入面ではたいぶ助かりました。

賃貸契約物件に変動がなければ、今後もほぼこのままの内容で推移していくことでしょう。

(あとがきにかえて)

妻ミサト「賃貸契約が今後も順調に続くといいわね。」

WATANKO「契約相手が〇〇〇〇と△△△△、それに□□□□に☆☆☆☆だから長期的に安泰だと思いますよ。あとはアパートの入居率の動向が心配かな。」

妻ミサト「伏せ字ばかりでなんのことやら・・・」

2019年2月24日 (日)

(続)コンビニを人生のビークルにした人たちの選択-父の愛はコンビニを残す

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(前回からの続きです。)

前回、コンビニを出店したWATANKOの高校の同級生の一連の顛末を記事にしました。それは「コンビニ経営は何かと大変」という通説のエビデンスとなったひとつの事例であります。

この他にもWATANKOの周囲には同級生の事例程詳しくは知りませんが、同様にコンビニの経営に苦しんでいる話をチラホラ聞きます。

しかし一方で、それではコンビニを経営するほとんど全ての人が苦境の中にいる人たちばかりなのでしょうか。コンビニとはオーナーをただ蝕むだけでの存在なのでしょうか。

今回はWATANKOが知り得たもうひとつの詳しい事例を紹介します。

■偉丈夫な紳士

WATANKOの母は大正生まれです。かの時代は家族の中に沢山の兄弟姉妹がいたものです。WATANKOの母もまた同様で、本人は8人兄弟姉妹の長女でした。母は沢山いる兄弟姉妹の中で末っ子の四男とは特に親しく、その四男はしばしばWATANKO家を訪ねてきていたことをWATANKOは幼い頃からよく覚えています。

その四男はWATANKOからみれば母方の叔父にあたります。WATANKOがみたその叔父、河田さん(仮名)の印象は色が黒くて体が逞しく、元気みなぎるオジサンでありました。

まさに「偉丈夫」という言葉がピッタリ合う人です。さらに逞しさだけでなく知性や礼儀も垣間見える紳士な人でありました。

WATANKOはその後家を出てからは河田さんと会う機会はほとんどなくなりましたが、両親が亡くなり家督をついで以降、母方の冠婚葬祭(といってもほとんどが葬儀か法事です。)で再びよく顔を合わせるようになりました。

会えば母の思い出話を含めて昔話を聞いたりするのですが、やがて河田さんの家庭の事情を聞く機会もポツリポツリとありました。以下はその内容です。

■定年後のコンビニ出店

河田さんは学校の卒業後に教師となり、最後には校長先生まで勤めました。教師という職業の中では十分に出世した方でありましょう。道理で彼からは知性と礼儀が漂ってきたわけです。

8人兄弟姉妹の末っ子だった彼は跡継ぎの男がいない家系の家に婿養子として入りました。家制度が風習として残る50~60年前の田舎ではよくあることです。

彼は奥さんとの間に4人の息子ができました。彼からは家族6人で海外旅行に行った思い出話などをよく聞かされており、そこからはひとりひとりをとても大事に育ててきた様子がうかがえました。

やがて1990年代に入り河田さんは定年を迎えると、彼が第二の人生として選んだのはコンビニエンスストアの経営でした。国道沿いに面した自宅の敷地内は十分なスペースが残っており、そこにコンビニ店舗を建てて商売を始めたというわけです。

河田さんが住む街は田舎であり、1990年代に入っても国道を挟んで両脇は畑が広がるという風景です。そんな中にあって彼がフランチャイズ契約したコンビニは大手に次ぐ中堅クラスで当時の商品力はそこそこでしたが、出店した途端にとても繁盛したそうです。

なにせ周辺には何もない田園エリアにて、食品含めた日常品が揃っている店は地元の人々が渇望していたようです。あまりの繁盛ぶりに、これに目をつけられて強盗に入られるなどの被害も早速おきたとのことでした。

まさにブルーオーシャンな出店でありましたが、良い時期が永遠に続くはずもありません。やがて年月が経ってくると河田さんの店の繁盛ぶりに目を付けた競合の大手コンビニチェーンがオーナーを募り、彼の店から1~2km圏内にどんどん出店してきました。

その結果、河田さんの店の売上は減少の一途をたどることになります。

■河田さんのコンビニの事情

河田さんのコンビニの運営にあたっては本人と奥さんだけでなく、4人の息子たちのうち、長男と次男が手伝っていました。出店当初はアルバイトも結構雇っていたのですが、売上減少に伴い、その数を減らしており、2000年代に入ってからは必要最低限に絞り込んでいた模様です。

つまりは家族4人がメインとなり交代制でコンビニを経営しているわけです。これが人件費を抑えて店舗を運営できる強みとなっており、売上が減少する中にあってもコンビニを続けることができる要因となりました。

実際のところ、河田さんの店を含めた近隣のコンビニとの競合状況においては一人勝ちするところはなく、お互いがそこそこの集客、売上を確保している状態でした。

そうなると人件費を抑えることができる河田さんの店と異なり、アルバイトの人件費に苦しむ他店の中には閉店するところも出てきました。やがては各店とも均衡状態を保っている様相となりました。

ここで河田さんの4人の息子たちについてちょっと触れます。

河田さんの4人の息子はいずれもWATANKOより少し年下ばかりであり、このうち三男と四男はサラリーマンとなり実家を出て、家庭を持ち独立した暮らしを送っています。

とくに三男は幼いころに河田さんによく旅行につれていってもらったことがきっかけで旅行好きになり、旅行代理店に就職しました。河田さんがWATANKOにこの話をするときの彼の嬉しそうな顔は今でも忘れられません。

しかし長男と次男は学校卒業後に一旦は就職するもうまくいかず、二人とも勤め先を辞めて実家に引きこもってしまいました。そこで河田さんは二人にコンビニの経営を手伝わせています。

WATANKOが40歳を過ぎた長男、次男に実際に会ってみると会話どころか挨拶一つできない引きこもりな二人でした。それでも長年コンビニで働いてきたためか、店頭での接客はそこそこできています。まあこれも河田さんの教育があってこその結果でしょう。

■子ども達のためにコンビニを残す

さて2010年代にはいると河田さんも寄る年波には勝てず、体調が段々とすぐれなくなってきます。やがて奥さんに先立たれ、自身もその数年後に病気を患ってしまいます。

偉丈夫であった河田さんの身体は盆暮れに会うたびに段々と痩せこけていきます。それでも彼はコンビニの仕事を引退することなく通院を続けながら働き続けましたが、ある年の冬、とうとう力尽きてこの世を去りました。

WATANKOは河田さんの葬儀に参列したのですが、そこで式を取り仕切っていたのは実家で河田さんと一緒に暮らしていた長男、次男ではなく、離れて暮らしていた四男でありました。WATANKOからみれば長男、次男とも一切なにもせず(できず)ただただオロオロするばかりでありました。

WATANKOは「最後まで君たちのことを心配していたお父さんの葬儀なのだから、せめて集まってくれた人たちにお礼の挨拶まわりくらいはやらんかい!!」と心の中でイラっとしながらその様子を眺めていました。

河田さんは息子達をとても大事に育ててきました。しかしあえてWATANKOから厳しいことを言わせてもらえれば、その愛情は息子達を甘やかし、自立を損なわせてしまった一面があったかもしれません。

いい大人になっても父親の世話にならないと生きていけない息子達・・・。でも河田さんはそれもまた自分の責任と感じて、自分がいなくなっても長男と次男がなんとか暮らしていける手段を考えていたのではないでしょうか。

そこで河田さんは自分の老後のためだけでなく、他所で働くことが難しくなってしまった長男と次男のために、コンビニを始めたことがうかがえます。

自宅のすぐ隣に店舗があり、仕事はマニュアルに基づき決められていることをこなせばよい。兄弟が交代で店番をすることで長時間労働もある程度緩和できます。専従者給与や各種保険をはじめ様々な出費を経費とすることで税金負担も軽減できます。食費に事欠けば最悪、廃棄弁当を食べてでも飢えをしのげます。

コンビニという強固な小売業システム、これを守っていけばある必要最低限な家計生活を送ることができるわけです。

河田さんは自分がいなくなった後、長男と次男の生活の糧となる仕組みとしてコンビニを選んだのでした。

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やがて河田さんが亡くなって1年後に一周忌が執り行われました。

WATANKOが出席するとそこでは1年前とはうってかわって一周忌を取り仕切り、挨拶も立派にこなす長男、次男の姿がありました。

「河田さん、あなたの子ども達は貴方が亡くなった跡を無事継いで、徐々に自立への一歩を踏み出しているようです。」

WATANKOは仏壇に飾られた河田さんの写真を前に手をあわせつつ、彼に安堵の気持ちを伝えるのでした。

河田さんが残したコンビニを長男と次男がいつまで運営していけるのかはわかりませんが、一日でも長く続けてもらいたいものです。

■コンビニは人生のビークル

前回記事から述べている通り、コンビニの経営は決して楽な仕事ではありません。

▼集客は立地の良し悪しでほとんど決まってしまいます。

▼たとえ繁盛してもオーナーの手元に残る利益は限られています。

▼アルバイトが雇えなければオーナーは長時間労働を強いらて心身の健康を害します。

▼接客上や近隣とのトラブルも時には起こりえます。

前回の記事では酒店専業のリスクの回避策として始めたコンビニですが、その経営の負担が大きくボロボロになり切ってしまう前に方針転換した事例を紹介しました。

また今回はコンビニとは経営は大変だけれども、他に生活の糧がない人にとっては頼れる小売業システムである点にスポットを当てました。

街中にあふれているコンビニ。

WATANKOは例えば同じチェーン店であっても店舗ごとに繁盛しているかそうでないかを観察しつつ、その裏に透けて見えそうなオーナーのコンビニ人生を想像しながら買い物を済ませるのでした。

2019年2月23日 (土)

コンビニを人生のビークルにした人たちの選択

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(コンビニ経営は大変です。)


脱サラ後の生計の建て方あるいは自営業の商売変えの選択肢のひとつとしてコンビニエンスストアが挙げられます。

コンビニエンスストアのオーナーは、大手コンビニチェーンのフランチャイジーとして、有名なブランド、売れ筋の商品の供給、効果的な販売管理システムを強みに、自己資金または借入金によって店舗を建て、自らがオーナー(又は兼従業員)となって最先端で利便性の高い小売業業態を運営します。

しかしその実態はチェーン本部に支払うロイヤリティの負担が大きい、商品仕入れやキャンペーンにおいて様々な協力を強いられる、収益面からみて人をたくさん雇えないのでオーナーが長時間労働せざるを得ないといった事態に直面するという過酷な話が以前から伝えられています。

先日も24時間営業を続けることができなくなったコンビニ店のオーナーが話題となりました。

参照記事

2月20日付 Yahoo!JAPAN ニュース 
「もう限界…」自主的に24時間営業をやめたコンビニ店オーナーの判断に波紋

上記記事にて取り上げられているオーナーに関しては、苦境に陥るに至る特有の事情があったことの他に、別の記事によるとオーナーの素行についての問題を指摘する声も出ています。

記事内容の件では、オーナーとコンビニ本部とのどちらに非が多いのかはさておき、WATANKOはコンビニのオーナーがいかにきつい職業であるかということを久しぶりに思い出しました。

というのも以前、高校の同級生がコンビニを経営していたからです。

■酒店をコンビニに変更して出店

WATANKOは地方都市の公立高校に通っていましたが、そこで親しかった同級生の一人、石田君(仮名)は高校卒業後に大学を経て、酒屋にて数年間修行を積んだのち、20代後半でコンビニのオーナーとなりました。

もともと石田君の実家は隣街で長年、農機具販売兼酒店を経営しており、彼の母親が店を切り盛りしていました。親の影響があったからか石田君自身も酒店の商売をやりたい意向があり、他店で修業したのち、地元で店を開く運びとなったわけです。

石田君としては、こだわりの日本酒とワインを中心とした個性的な品ぞろえの酒店を当初目論んでいました。

しかし彼の母親は当時、酒の販売は競争を制限する規制が徐々に撤廃され、その結果、将来は競争が激化することを見越していました。そこで石田君が先々も安泰して商売を続けるためには単純な酒店だけではリスクがあると判断し、出店についてはコンビニ業態を選ぶことを強く勧めました。

石田君は母親の提案に当初は難色を示しましたが、コンビニの店舗建築費用を含めた開業資金は彼の実家がスポンサーとなっているため拒絶もできず、「こだわりの日本酒やワインも置いてあるコンビニ」として出店することで折り合いを付けました。

こうして1990年代半ばに石田君のコンビニエンスストアのオーナーとしての人生がスタートしたわけです。

■一国一城の主

石田君のコンビニ出店の際には、新築した自宅兼店舗のお披露目にWATANKOを含めた友人達が招待されました。新興住宅街の中心近くで交通量が多い交差点という好立地、駐車場スペースが十分にとれる敷地内に二階建てが建てられました。

二階建ての一階はコンビニ、二階は居住用という造りで室内は広いです。通勤時間に囚われることにも無縁であり、彼のビジネス、プライベート両面の洋々とした今後の様子を当時ひしひしと感じたことを、WATANKOは今でも覚えています。

もちろんこれらの環境は、石田君自身であつらえることができた部分は限られており、彼の実家の資金と様々なツテによるものであることはいうまでもありません。

それであっても石田君はこの時点で一国一城の主なのです。

一方のWATANKOはしがない給与所得者。当時勤務先は業績低迷で給与は減少。持ち家もなく狭い社宅暮らし。実家は不動産をいくつか所有していますがどれも田畑であり、自営の農業に供しているにすぎませんでした。(WATANKOが不動産投資を自ら手掛ける以前の話です。)

WATANKOは当時、「30歳前にして、随分と差をつけられたな」という気持ちでした。

10年くらい経ったら、石田君とWATANKOとの間に経済的にはどれだけの開きが出てくるのだろうか、やはりサラリーマンは安定しているかもしれないけれど大儲けできる職業ではないないなあと漠然と思いました。

ところが10年どころか4~5年も経つと状況はWATANKOの予想から随分と外れてきたのです。

■コンビニ経営の誤算

石田君がコンビニを出店した当初、すぐ隣では大型商業施設の建設工事が始まりました。すると工事現場で働く職人達が大勢、彼のコンビニにやってきて弁当や飲み物、休憩中等に読む雑誌等を買ってくれました。おかげでコンビニの経営は順調な立ち上がりとなりました。

しかし大型商業施設が完成すると、職人達の来店はパッタリと途絶えます。さらに大型商業施設の出店に伴い周辺の交通量が増え、そこに目を付けたコンビ二他社が軒並み出店攻勢をかけてきました。

石田君が契約したコンビニチェーンは大手トップクラスのチェーンに比べるとマイナーであり、商品力は見劣りします。もともとこだわりの酒類をおくことが出来るという自由度が高い条件でフランチャイズ契約が締結できること、そしチェーン本部に支払うロイヤリティが比較的少ないことを条件に選んだチェーンでありました。

しかしそれは一方で、競争が激化してきた場合のサポートが大手に比べて期待できないことを意味します。石田君としてそこはこだわりの日本酒やワインを揃えることで商品の差別化をアピールする作戦でありました。

しかしたしかに日本酒とワインの品揃えは値段がリーズナブルであることも含めて十分に魅力的でありましたが、まだ十分な固定客を得るまでに至らず、コンビニの売上の補完役としては不十分でありました。

ビジネスの教科書に載っているSWOT分析でいえば、「機会」(工事現場の職人達)が無くなる一方で、「脅威」(大手の競合コンビニ)は増える。チェーンの商品力やサポートは相対的には「弱み」であり、「強み」として据えていたこわだりの日本酒やワインはいまだその魅力を十分に発揮できていませんでした。

コンビニに限らず小売業というのは商品の利幅は決まっているので、売上減少は即、死活問題であることはいうまでもありません。

■さらなる追い打ち

石田君のコンビニには売上減少だけでなく、内部的にも苦労を重ねていました。

石田君が契約していたコンビニチェーンの営業時間は7:00~24:00。コンビニだから仕方がないといえばそれまでですが、それにしても長時間に及びます。本来であればパート、アルバイトを雇って昼夜交代勤務のシフトを敷くべきところですが、売り上げが低迷している石田君の店の場合、パート、アルバイトを十分に雇うことができません。

したがって最後は石田君自身が長時間労働に従事することになります。彼はもっとも長いケースでは、朝7:00に店を開けて少したったあと、数時間の仮眠をとる以外は食事時を除いて24:00までずっと店頭に出っぱなしです。

さらには24:00に閉店したあともバックオフィスにこもって売上の集計、在庫の確認、商品の発注作業など翌日の営業に向けた準備作業が数時間続きます。そのあとにようやく就寝。数時間後にはまた開店時間となります。

これらを合わせると彼は一日のおよそ3分の2は働きづくめということになります。

またコンビニを日々営業していると販売上の様々なトラブルにも出くわします。例えば子どもが万引きすれば親の呼び出し、時には学校や警察への連絡沙汰となり余計な労力をとられるばかりです。

あげくの果ては石田君には当時、年下の彼女がいて半ば同棲していたのですが、石田君は費用面でパート、アルバイトが雇えない代わりに彼女に店を手伝わせていたのです。しかもただ働きです。これにはとうとう彼女も嫌気がさして石田君とケンカしたうえで出て行ってしまいました。

WATANKOは深夜閉店後に度々石田君と会いましたが、会うたびに彼は顔色が悪くなり、髪も髭も伸び放題。心身ともに疲れ果てている状態が続いていました。

WATANKOはバックオフィスにて石田君と期限切れの弁当やお菓子類をツマミにチビリチビリと酒を飲みながら、彼の愚痴を聞いたり店の売上UPの相談にのっていたりしていました。

彼はまだこのとき30代半ばでしたが、とてもこれからあと数十年もこのような働き方を続けることができないことは当人も周囲の者も十分に感じ取っていました。

■彼がたどり着いた選択

やがて石田君は母親とよくよく協議した結果、コンビニ本部とのフランチャイズ契約を解除することにしました。開店からおよそ10年での方針の大転換です。

1階の店舗を改装して3分の2はテナントエリアとして賃貸することにしました。当初は携帯ショップ、今は整体術のお店が入っています。さらに敷地の一部も賃貸しており、そこはヘアーサロンが建ちました。

こうして石田君は所有不動産の一部から賃貸収入を得ることで安定的な収入源を得つつ、後は残るスペースでこだわりの酒店を続けています。彼曰くここにきて長いこと続けてきた地道な宣伝活動が効いてきて酒類についてのリピート客がだいぶ増えた模様です。とくにワイン好きをあつめた定期的な試飲会か好評のようです。

石田君の現在の酒店の営業時間は10:00~20:00まで、週一日は定休日となっています。売上はアルバイトを雇える水準まではまだ達しておらず、彼がずっと店番をやっていますが、それでもコンビニを経営していたころに比べればだいぶ人間らしい働き方であります。彼はワインの試飲会で知り合い、親しくなった女性と結婚もしました。

WATANKOはそんな彼と時折、酒を酌み交わします。彼の酒店は相変わらず繁盛とはいいがたい状態ですが、それであってもこれからの商売について意見を交わします。

そんな時、石田君は「コンビニのどん底の経験をしたおかげで大抵のことに動じなくなったし、仕事量に関して自分の限界を知ることをできた。コンビニを経験すれば、それを比べてたいていの商売は苦にならない。そのような意味では若い時の貴重な経験だった。」と回想します。

石田君はやがて将来、実家の商売も継いでいくことになるでしょう。その時にはこれまでの経験を活かして頑張ってほしいものです。

(あとがきにかえて)

「コンビニのオーナーは長時間労働や売上・利益の確保が大変」という話は巷で聞きますが、WATANKOの身の周りでも実際にあった「コンビニはもうこりごり」という事例を今回紹介しました。

次回はもうひとつ異なった角度から見えたコンビニの事例を紹介します。

(つづく)

2019年2月19日 (火)

Intermission-SNSで守るべきたったひとつのマナー

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(今更な話かもしれませんが)

SNSでは匿名の記事や投稿をUPすることは、今や現代人の知的なたしなみのひとつです。(ホンマかいな)

しかしながらSNS上で自分が匿名であること、そして読み手もまた匿名で顔が見えない関係の場合、投稿者が自分と意見のあわない相手に対して時に中傷的になってしまうケースを見かけます。

投稿者の言葉は最初、理屈で相手をねじ伏せようとしますが、相手も同様の応酬をします。やがてお互いが相手に投げかける言葉はただただ不快で攻撃的となり、あげくには罵詈雑言になります。

そのやりとりは全く生産的ではなく、お互いになんの満足も生み出しません。ただの時間とフリック入力の無駄遣いです。もしも一方が他方をSNS上で打ち負かすことがあったとしても、そんなガキ大将が喜ぶレベルの刹那的なカタルシスを得て何が良いのでしょうか。

心の底に他者に対する普遍的な思いやりの気持ちをもつ常識人であれば、バツの悪さしか残らないでしょう。

☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★

WATANKOは上記のような状態に陥らないようにするために、たったひとつだけですが守っているマナーがあります。

それは「その投稿は相手に面と向かって言うことができる内容、表現であること」です。

お互い匿名だからといって、実際に相手に面と向かって言えない内容や表現を平気で用いるというSNS番長のような振る舞いは極力避けています。

SNSならではのユーモアやペーソスに染まった内容や表現を語ることがよくありますが、それでも上記のマナーは守っているつもりです。

これはストレスかというと全くそんなことはありません。普段知り合いや顔見知り相手に話す内容や表現と同じにすればよいだけなのです。むしろSNS向けに中傷的な言葉にチューンナップする方が疲れます。

それでもごくたまに自分が相手に対して不快で攻撃的な言葉を発してしまった場合、後でそのログを眺めると非常に恥ずかしく思えます。(削除してもよいのですが、反省のためにとってあります。)

☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★

現代人のコミュニケーションの何割かはいまやSNSといっても過言ではないでしょう。そのフィールドにおいて友好な社会を築くことは大事ですし、豊かなる精神生活の形成に繋がります。

SNSのやりとり上、もうちょっとだけ注意と気配りを払うことは、それに見合うまたはそれ以上の満足をあなたにもたらすことでしょう。

(あとがきにかえて)

実は昨日から自宅PCがうまく起動せず、現在、PCショップに修理に出しています。PCショップの所見ではPCが起動時に行うWindows10の自動Up Dateがうまくいかず、おかしくなっているとのこと。現在ショップにPCを預け中なので、本稿は自宅にあった二号機PCを使い作成していますがノートタイプでボタンが小さく使いづらいです。

やれやれ早く直ってくれ・・・。

2019年2月16日 (土)

2019年3月の積み立て購入商品

【2月15日終値ベース運用状況速報】

 

■投資元本(待機資金含む)

 

150,000千円

 

■評価損益(分配金・確定損益・税還付込み)

 

54,041千円

 

■損益率

 

36.0%

 

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WATANKOは給与所得と不動産賃貸収入から得た余裕資金をもって日本株式、先進国株式、新興国株式のインデックス投信をSBI証券にて毎月積み立て購入しています。

 

2019年から毎月の積み立て額を400千円から600千円へと1.5倍に増やしました。今月はその2回目です。

 

さて積み立て購入商品のお値段(購入単価)は如何であったか?

 

Notes)表中の金額単位は円です。

 

201902282

 

さらに2月の仕入れの結果、1月末と現在とを比較して、平均購入単価はどれくらい変動したのか?以下のとおりです。

 

Notes)
*表中の金額単位は円です。

 

201902283

 

平均購入単価の変動ですが、毎月この記録を眺めていると、月あたり日本株式や先進国株式はリーマンショックからの回復とアベノミクスによって毎回、前月末比で平均購入単価が0.5%~0.6%上昇し続けている一方で、新興国株式だけは平均購入単価を下げる月が目立ちます。

 

下げ幅も昨年までは0.7%~1.0%程度でしたが、今年になってからはさらに下げ幅は増えてきています。ただしこれは今年になって月額購入額が増えている面も影響しています。

 

つまりは新興国株式についてはナンピン買いを頻発している状況にあるわけです。

 

いつかこの長いトンネルを抜けて、上昇に転じることを信じているわけですが果たしていつになることやら。

 

気長に待つ事と致しましょう。

 

 

 

 

 

 

 

2019年2月14日 (木)

BNDからの2019年2月分分配金

【2月13日終値ベース運用状況速報】

■投資元本(待機資金含む)

150,000千円

■評価損益(分配金・確定損益・税還付込み)

54,248千円

■損益率

36.2%

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WATANKOは外国債券のETFであり、自身のポートフォリオに組み込む価値があると判断しているBNDのバイ&ホールドを実行中です。

さてBNDから2019年2月分の分配金が支払われました。税引き後で484.90ドルです。

これまでの推移は以下のとおりです。

201902281

さて、債券に関する雑感です。

先日、米国+米国以外の債券を対象としたバンガードトータルワールドボンドETF(BNDW)を投信化した楽天・全世界債券インデックス(為替ヘッジ)ファンドを駄ブログでも取り上げて記事にしました。

関連記事

楽天・全世界債券インデックス(為替ヘッジ)ファンドは債券クラスの人気薄を覆せるか(2019/2/5)

記事にしたのち、あらためてじっくりと考えてみると、この投信は老後資産のリスクを抑えつつも、ある程度のリターンを期待する置き場としてなかなか良いのではないかと思う一面が浮かんできました。

債券であることに加えて、広く分散していること、そして為替ヘッジがきいています。

唯一の難点はいまどきのローコスト投信群の中にあってコストがやや高いことです。

うーん、こうして書いていて、ますます悩んできました。

実験的に少し買ってみようかとも思っています。

2019年2月12日 (火)

引き渡す不動産の整理整頓は必要

Buildings24392_960_7201

(前回からの続きです。)

個人の不動産賃貸業のリタイアメントの方法として、自身で完全に廃業するか、子ども達に引き継いでもらうかの2つを取り上げました。今回は後者に対しての続きです。

ここでは不動産賃貸業の有無に拘らず、ひろく「不動産の引き渡し」を取り上げます。

子ども達に不動産を引き渡す際、保有する不動産の中にはトラブルを抱えた物件、将来の経済的な重荷となる物件を含んでいる場合、そのような物件はトラブル等を解消するか、あるいは引き渡すことを避けて処分すべきであります。

例えば、

▼土地の立地がよくない
人里離れているなど。路線価が周辺に比べてとても低いです。

▼接道が乏しい
車の出入りがしにくい。旗竿地等。

▼形状がいびつで利用しにくい
店舗、住居に利用できないデットスペースが多い。

▼境界線が曖昧なまま
土地の確定に関する法的な手続きが勧められない。

▼排水経路にしっかりできていない
大雨時に水だまりができる。水だまりから異臭が発生する。

▼隣接地に問題がある
隣地の土地利用から騒音、景観などのマイナス影響を受ける。

▼法的な規制が強い
土地の利用形態や建築できる上物が制限される。

などなどです。

処分については自分が元気で時間が十分にとれる間に、できるかぎり実行しておきたいものですが中には、

「せっかく先祖から引き継いだ不動産があるのだから、そのまま子ども達に引き渡していけばいいのでは?」

こういった保守的な考え方を持たれる方もいるかと思います。

OK。その信念が強ければ、Webの片隅にある赤の他人のブログ記事に書かれていることなど無視して構わないでしょう。

しかしそのような保守的な考えをお持ちの方に質問させてください。

どんな不動産であったとしても、それを持っているだけでステータスとなったのは今や昔の話です。

貴方が持てあまして活用できず、ただただ固定資産税を支払い続けてきた不動産が、果たして子ども達に引き渡したからといって、彼らが果たしてどれだけ収益化を実現できるものでしょうか。

子ども達の才覚と行動力、そして将来、幸運が降りかかることを楽観的に期待して、現状では「負債」とも言いかねない不動産を引き渡すことが親の責任なのでしょうか。

親であれば、子ども達にとって足枷になるような不動産を引き渡すべきではありません。

子ども達に引き渡すには、上述のような物件をできる限り処分したあとに残った「賃貸によって収益を生む不動産」であるか、あるいは賃貸業に供していなくても「資産価値がそこそこあって、いざとなれば売却が行いやすい不動産」であることが重要です。

子どもを持つシニアの方々におかれましては、資産形成も大事ですがそれだけでなく資産継承についても少しずつ考え始めてもよいお年頃でありましょう。

(あとがきにかえて)

以下の記事は、不動産を継承する子どもの立場にて書いた記事です。

相続だ、土地活用だ、どうしよう(2018/12/8)

(続)相続だ、土地活用だ、どうしよう(2018/12/9)

これに対して今回は上記とは反対に親の立場にて記事を書いてみました。

幸せな老後をおくるためのひとつの条件は、子ども達への資産継承で悩んだり苦労したりすることがないことです。

皆さんはいかがですか?

2019年2月11日 (月)

不動産賃貸業のリタイアメントに向けて

【2月8日終値ベース運用状況速報】

■投資元本(待機資金含む)

150,000千円

■評価損益(分配金・確定損益・税還付込み)

50,454千円

■損益率

33.6%

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House3963987_960_7201

(この不動産賃貸業、どうする?)

WATANKOは不動産賃貸業を亡き父から引き継いで実質約20年になります。これは自営業に等しい家業でありますが、さてこの家業を一体いつまで続けるのか。不動産賃貸業のリタイアメントについてどう進めていくべきか。

■このままでは完全リタイアできない

不動産賃貸業は物件の入手・運営に手間がかかる仕事です。特に個人においては不動産に関する知識が十分に備わっているケースばかりとは限りませんので、何かとしくじりもあるでしょう。またたとえ知識があったからといってすべからく不動産の投資と賃貸がうまくいくとは限りません。トラブルがおきればその内容によっては心身に大きな負担をもたらすことがあります。

このような不動産賃貸業を一体いつまで続けなければならないのでしょうか。

妻ミサト「そんなこと誰も何も答えてくれないし、何もしてくれないわよ。」

そうです。このままではWATANKOは不動産賃貸業を自分が亡くなるまで続けることになってしまいます。耳が遠くなり、腰が曲がり、病気を患ってしまい、認知症が進んだとしても、今のままでは自分がいつまでたっても当事者であります。

サラリーマンをリタイアすることは勤務先を退職することによってあまり手間を取らずに実行することができます。やることといえばせいぜい退職時の職場への挨拶を考えることぐらいでしょうか。

しかし不動産賃貸業の含めた自営業を営む個人の場合は自分で辞める時を決めねばなりません。

これが例えば商売が不振となり、続けることが困難になるのだとしたら、自分の意志とは別の事業によって半ば強制的にリタイアする(させられる)ことになるのですが、ある程度順調に進んでいる場合はどうでしょうか。

WATANKOの場合ですとサラリーマンをリタイアすることはできたとしても、不動産賃貸業の方はなかなか辞められず、「仕事」を完全にリタイアすることができません。

■リタイアメントの2つの方法

家業ともいうべき不動産賃貸業のリタイアメントは2つの方法があります。

1つは文字通り完全に廃業してしまうことです。所有する物件はすべて売却してお金に換えてしまいます。その一部は老後の生活資金に充てることになるでしょう。当事者夫婦が亡くなったあとの相続を考えると、シンプルでとても良い方法です。

その場合に注意点は以下のとおりであります。

(1) 相続税の負担は大きい

被相続人が亡くなり相続が発生した際には当人の資産価値が時価評価されます。このとき土地・建物など不動産であれば色々な控除や減免措置があって相続税の課税対象となる金額が抑えられます。一方で生前に不動産を売却して得た資金がそのままにしておくと相続発生時点の金額がそっくりそのまま課税対象の資産価値となります。この場合、税負担が重くなります。

例えば50百万円で購入した不動産よりも50百万円の預金の方が相続税の負担が大きいというイメージです。

(2) 売却は性急ではないか

大きな資金需要もないのに、リタイアしたい気持ちから所有不動産を売却することは性急ではないでしょうか。賃貸業の収益源とはならない(できない)不要地、遊休地であればまだしも、賃貸業に供して収益をあげている物件を売却することは、卵を産み続ける牝鶏をいささか早く〆てしまうようなものです。

売却してしまったら毎月の卵はもう手に入りません。またその分のプレミアムを売却価格に適正に見積もること、見積もった売却価格で取引が成立するかも不透明であります。なお売却を成立させたい、売り急ぎたいという気持ちは、相手に足元を見透かされて安値すぎる売りにつながるおそれもあります。

(3) 売却資金の運用はどうするか

売却したあとの資金はいわば資産が姿を変えたようなもの。固定資産から流動資産への変貌を遂げた後、どう活用して賃貸料に代わる新たなインカムゲインを得ていくのか。

これについては、WATANKOは遊休地の売却資金をETFに一括投資を行い、そこから分配金収入を得る形態に変えました。

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もうひとつは親族、代表例としては子ども達に引き継いでもらい、自分は一切手を引くことです。

ここでの心配な点は以下のとおりです。

(1) 不動産賃貸業をやっていけるのか

子ども達には十分な引き継ぎ期間をとって習熟してもらったうえで、物件の管理を引き渡していきますが、はたして将来に渡って賃貸業をやっていけるでしょうか。

できれば引き継ぎ期間中にトラブルの1つや2つを経験して少しはタフになってほしいものです。もちろんこの時は親から安直に救いの手を差し伸べてはいけません。自分たちで解決させないと当人たちの経験と自信には繋がりませんから。

しかしながら子ども達が就いた仕事がとても忙しかったり、所有不動産から遠く離れた地域にて仕事や生活を送ることになった場合、不動産賃貸業を副業としてやっていけるのか。

(2) 子ども達の人生を縛るのか

上記(1)と関連がありますが、特定の場所に事業用あるいは居住用の不動産を持ち賃貸業を続けていくことは、自由なところに住んで、好きな職業に就きたいという子ども達の人生に大なり小なり制約をもたらすことになりはしませんでしょうか。

これは将来、例えば親から継いだ不動産物件に対して親類縁者から色々な干渉を受けることも含めています。

子ども達がトラブルをはねのけて不動産賃貸業を無事引き継ぎ、かつ所有不動産に縛られない人生を送っていけるようになってほしいです。

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もしも不動産賃貸業を営む当事者が、上記に「廃業」か「継承」のどちらかに舵をきることもなく、何の対策もとっておらず齢を重ねてきた結果、老齢ゆえの病気・怪我にかかり意思決定能力を欠く状態に陥ってしまったら家族にとって大きなダメージになります。

WATANKOであれば、ちょっとそこまで無責任なことはできません。

いっそそのような状態になれば、さっさと亡くなってしまった方が相続手続きだけは進めることが出来て、まだマシというものです。

(つづく)

2019年2月 8日 (金)

レオパレス21のアパートのオーナーの嘆きと溜息が聞こえてくるようです

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(アパートのオーナーから嘆きと溜息が聞こえます。)


アパート業者のレオパレス21が建築基準法違反などの疑いがあるアパートが最大で1,300棟見つかったと発表しました。

参照記事

2019/2/7付日本経済新聞
レオパレス21、新たに1300棟で不備 建築基準法違反

(閲覧には会員登録が必要です。)

今後の対応については、不備が見つかった物件の入居者には住み替えを案内し、その費用も全額をレオパレス21が負担する一方、物件所有者であるオーナーに対しては、入居者が不在である期間中の賃料をレオパレス21が補償するとのこと。

■ペラペラなアパート

地方で遊休地をもっている地主のところにやってきてアパートの建築と賃貸を斡旋するアパート業者。WAATANKOが住んでいる街で闊歩していたアパート業者の中に、大東建託や東建コーポレーションと並んでレオパレス21がありました。

各社の営業努力のあかげで市内には様々なアパート業者が建てた物件があちらこちらに散在しています。その中でもレオパレス21の物件は見かけるとすぐわかりました。

なぜならいかにもコストをかけていない安っぽい造りであったからです。

真四角な建物、飾りっ気なしの外壁。敷地内にはい意匠は一切無し。車に例えればペラペラな外板と薄いタイヤを履かせたいかにも貧相なモデルです。そして投資効率を最大限に追求したといわんばかりの狭苦しそうな1ルームばかりを詰め込んだレイアウト。マッチ箱をいくつか張り合わせたような物件ばかりでありました。

もともと地方都市では三大都市圏に比べて給与水準が低く、アパートについてもとれる賃料が低いため、採算確保のためには物件を安く建てる必要があります。そのニーズを120%具現化したような物件でした。

WATANKOはそんな物件を見かけるたびに、「ああ、入居者はまだ若くてお金がないから、まずはレオパレスに住み始めるのだろう。やがて給料があがったり、家族が出来たりすれ早々に出ていくか。若者にとって社会人生活のローンチのために必要な仮住まいみたいなものかな。」とイメージづけていました。

一方でそのとおりであれば、数年おきに入居者が煩雑に入れ替わる傾向があるのでオーナからみればアパート経営としては収支が心配される物件だろうとも予想していました。

そういえば、最近、似たような傾向のアパートばかりを運営する業者が破綻しましたね。

たしか物件のブランド名を「かぼちゃの馬車」と称していたような・・・。

■安かろうには訳があった

参照記事だけでなく、ここ数日報道された内容をみてみると、レオパレス21が建てたアパートには以前から使うべき建材を使っていなかったり、工法を省いていたりという事例が色々見つかっており建築基準法違反が疑われていたとのこと。挙句の果てにオーナーが共同してレオパレス21の違法建築を追求している模様でもあります。

地方の土地オーナーから大量に受注し、それぞれ納期どおり仕上げる。その大量建築のなかで法令違反につながるコストダウンや手抜き工事が出てきたでしょう。見かけも安い上に、実際の造りも図面以下の安普請に仕上げていたというわけです。

どうりでWATANKOの近所でも頻繁にレオパレス21はじめアパート業者の営業マンがウロチョロしていたわけです。

それにしても今回、建築基準法違反に該当する恐れがあるとされた物件数は1,324棟。法令の基準を満たしていない物件の入居者7,782人には転居を促す。それが違反物件の範囲によっては約14,000人にもおよぶとのことです。何とも言えない膨大な数であります。あなたの親類縁者の中にもひとりくらいはレオパレス21のパートのオーナーがいたりしませんか?

なお、ちょうど今は1年で一番転居が多いシーズンであるところへきて、こんな騒動がおきたとあっては他のアパート業者にとっても大変な迷惑でありましょう。

■アパートのオーナーが直面する被害

今回の騒動に際しては、不備のある物件の修補費用、不備が見つかった物件からの入居者の転居費用、入居者が不在の間の未収入賃料が経済的な負担として発生します。レオパレス21はこれらの支出を負担、収益を補填すると表明しています。

しかしアパートのオーナーから見れば、たとえ修補が完了したり、未収入の賃料を補填してもらったところで、今後も風評被害にあって入居者が集まらないなどの二次被害をうけるおそれもあります。これは今回、不備にはあたらないレオパレス21のアパートのオーナーにとっても同様です。

レオパレス21の斡旋のもとに長期プランでアパート収益を目論んでいたオーナーにとってはとんだ目算狂いであり、被った被害は直接・間接問わずレオパレス21に徹底的に補償してもらいところです。

とはいえレオパレス21が経営破綻でもすれば、それはそれでオーナー達にとっては大打撃です。腹立たしいかもしれませんがレオパレス21は引き続きゴーイングコンサーン(継続企業)であってもらわねばなりません。

■ピンチをチャンスに

昨年は「かぼちゃの馬車」のスマートデイスやTATERUの杜撰なアパート事業が話題となりました。しかし彼らは比較的新興業者の立ち位置にあり、既存業者に伍していくためには採算的には非常に厳しい物件を成立させるところに活路を見出していました。換言すれば彼らのそれは最初から無理目な事業であったのです。

一方で今回はある程度信頼がおけるアパート業者の老舗?の部類に入るレオパレス21でおきた騒動です。結局オーナーからみればアパート業者はどこつもこいつも信用ならない相手となってしまうのでしょうか。

他のアパート業者にとって今回の騒動はピンチの部類に区分されるかもしれませんが、これをチャンスととらえもっとオーナーに寄り添った、オーナーを第一に考えた経営、金融業で唱えられてきているフィデューシャリー・デューティーのような精神を打ち出して実際の行動に結び付けることができるとよいのではないかと考えます。

・・・ところで、うちの近所のあそことあそこにあるレオパレス21のアパートは大丈夫だろうか。遠縁の叔父さんがオーナーなんだけど・・・。

(あとがきにかえて)

妻ミサト「またまた偉そうなことを結びで書いているけれど、あなた夫としてのフィデューシャリー・デューティーはバッチリなんでしょうか?」

WAATNKO「!!!(いまさらそんなこと聞かれても・・・)」


2019年2月 5日 (火)

楽天・全世界債券インデックス(為替ヘッジ)ファンドは債券クラスの人気薄を覆せるか

Logorim

(BNDWできたか)

他の個人投資家ブログを拝見して知ったのですが、楽天・バンガード・ファンドの新商品が設定されるとのこと。以下がそのプレスリリースであります。

参照サイト

楽天投信投資顧問 2019/1/29プレスリリース
『楽天・バンガード・ファンド』シリーズに新たに全世界債券(為替ヘッジ)ファンドの追加を発表

■BNDではなくBNDWできたか

楽天投信投資顧問(以下、楽天)は日本で取り扱っているバンガードETFの中から売れている順に投信としての商品化を展開してきました。VT、VTIに始まりVWO、VYMと投信化した商品が発売されています。

そうなると次はどのバンガードETFが対象となるか。WATANKOは米国株の人気にあやかり、同じ米国アセットのBNDがその候補のひとつになりえるかと想像していました。

ところが楽天が選んだのは米国人気にあやかる?BNDではなく、米国+米国以外の債券を対象としたバンガードトータルワールドボンドETF(BNDW)でした。ちなみにBNDW自体は残念ながら日本では発売されていません。

このBNDWを投信化して、楽天・全世界債券インデックス(為替ヘッジ)ファンド(以下、楽天・全世界債券)としています。

信託報酬はBNDWの経費率が0.15%。これに楽天のマージンが0.12%(税抜、以降同じ)が加算されて0.27%です。マージンの率については楽天・バンガード・ファンドの他商品と同様であり、WATANKOが従来から唱えているように高い水準であります。

ちなみにeMAXIS Slim先進国債券インデックスの信託報酬は0.17%。これに対してベンチマーク違いがあるとはいえ楽天・全世界債券の0.27%はちょっと見劣りがします。

それと楽天・全世界債券は為替ヘッジ有りとなっており、これは債券クラスの商品に対して値動きの安定を求めるニーズに即した格好と思われますが、WATANKOとしては姉妹商品として為替ヘッジ無しを欲するところであります。

■楽天・全世界債券は債券クラスの人気薄を覆せるか

米国では利上げが取り沙汰される中にあって、債券の価格は下落が心配されるむきがあること、そしてそもそも株式クラスとは異なり債券クラス、とくに海外債券は個人投資家のポートフォリオには不要であるとの論を支持する人が少なくないです。

参照記事

トウシル なぜ個人のポートフォリオに外国債券が不要なのか?

これらを背景として海外債券の新商品はどうも個人投資家のハートには響いてはきません。

楽天・全世界債券は他の債券インデックス・ファンドと同様に泣かず飛ばずに終わるでしょうか。それとも債券クラスの人気薄を覆して資金を集めることができるでしょうか。

WATANKOには後者が期待できる材料を今のところ見出せていません。楽天にとって何か期するところがあれば、教えていただきたいものです。

それがないのならば、ルーティンワークのように新商品を出す姿勢はもう見直しした方が良いのではないしょうか。

あ、これは他の運用会社にも言えることであります。


関連記事

商品そのものの御代にくらべて付帯サービスが高い楽天投信投資顧問の新商品(2017/9/15)

楽天・米国高配当株式インデックス・ファンド-個人投資家が望むのは高配当か無分配か(2017/12/23)

(あとがきにかえて)

妻ミサト「ずっとブログ読んでいて思ったのだけれど、貴方って楽天に対しては以前から厳しいわね。」

WATANKO「バンガードETFの国内投信化は悪くないけれど、記事にも書いたとおりマージンが高いことを嫌気しています。・・・決して楽天経済圏に属していないことをひがんでいるわけではありませんから!」

妻ミサト「誰もそんなことを聞いていないわよ。でもそれなら作りましょう。」

WATANKO「え、これから三人目ってのはさすがにちょっとムリなのでは・・・」

妻ミサト「作るのは楽天証券の口座と楽天カードのことよ!」


2019年2月 1日 (金)

2019年1月末運用状況

1月初は相場の下落が起きて、ちょっとスリリングな2019年の年明けとなりました。一方でWATANKOはインフルエンザに罹患してしまい、楽しみにしていた「投信ブロガーが選ぶ!Fund of the Year 2018」の表彰式にも懇親会にも出られずという不幸に見舞われました。

若い人からみれば「また来年もあるさ」と気持ちを容易に切り替えられることでしょう。しかしWATANKOの場合、これまでの経験から、「次回もあるさ」と楽観していても、いろいろな事情や環境の変化により、実は二度と経験できなくなったことがいくらでもあります。

特に人と人との繋がり、交流といった類のイベントは、一期一会の側面がいつも少なからず伴っています。毎回出会う人達の中には、ひょっとしたら次回会うことはないかもしれない人も含まれているかもしれません。

ですから今回の罹患は1回1回のイベントを大事にすることを再確認する機会となりました。

仕事でもプラベートでも、色々な方々との出会いと交流は大事にしたいものです。

ということでインデックス投資を初めて10年11ヶ月、131ヶ月が経ちました。2019年1月末の運用状況です。

(Notes)
◆商品名は略称です。
◆アセット毎に、購入順に並んでいます。
◆表中の金額単位は千円です。
◆ETFはこれまでの分配金込みの実績です。
◆海外ETFの円換算レートは108.94円/ドルです。
◆NISA枠にて購入した商品も含みます。
◆投資待機資金には以下が含まれます。
①購入元本:インデックスファンドの売却により回収した元本、年度ごとに新たに投資に廻す資金
②評価額及び評価損益:インデックスファンドの売却により確定した損益結果及び税還付額等。

表中の投資待機資金における①購入元本と②評価損益の差額については、過去に保有商品を売却した際の税引き後の売却益、SBIポイントの還元分、SBI証券のキャンペーン現金還元分等が含まれています。

◆評価記号の内容は以下です。
(投資期間の長期化に伴い、2017年12月から評価基準を引き上げました。)
◎:+50.0%~
○:+35.0%~+50.0%
△:+20.0%~+ 35.0%
▲:+5.0%~ +20.0%
×:+5.5%~

201901314

続いてバランスファンドに関して、その構成するアセット別に評価額を切り分け、個別アセットの投信、ETFとあわせたポートフォリオは以下のとおりです。

201901315

さらに「わたしのインデックス(my INDEX)」サイトを使って、当月末ポートフォリオをもとに過去平均リターン、リスク、シャープレシオを算定した結果は次のとおりです。(カッコ内は先月数値)

●過去平均リターン
5.1%(5.0%)

●リスク
14.5%(13.0%)

●シャープレシオ
0.35(0.38)

それと利回り実績は以下のとおりです。(カッコ内は先月数値)

●購入元本+投資待機預金元本分
150,000千円(145,000千円)

●評価損益+確定損益分
48,994千円(39,573千円)

●運用期間
131ヶ月(130ヶ月)

●元本平均残高
62,956千円(62,248千円)

●平均年間利回り
7.1%(5.9%)

<概況>

株式相場は年初に下落に見舞われたものの、その後そこそこに回復しております。WATANKOのポートフォリオも前月比で10百万円近く残高が増えました。(除く追加投資元本)

皆様の中には、年初の下落を受けてあわててリスク資産を売却してしまった方はいませんでしょうか。WATANKOはといえば逆張りでVTIを買い増ししました。おかげで米国株式含む先進国株式のアセットアロケーションは50%を超過しました。MSCI-KOKUSAI連動のインデックス投信の保有残高に占める米国株式分とVTIの合計残高は同じく40%を超えてきました。

これならWATANKOもまた米国株ブロガーを名乗ってしまおうかと!

(あとがきにかえて)

妻ミサト「いまさら米国株ブロガーを名乗っても露骨で激遅なトレンドフォロワーね。恥ずかしくはないの?」

WATANKO「いやー、なんだかその方がアクセス数が増えそうな気がして・・・。」

妻ミサト「しょうがないわね。また私が昼間、自宅PCからF5キーを連打しておいてあげるわ。泡沫個人投資家ブロガーの妻としての内助の功よ。」

WATANKO「!!!」

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