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2017年7月24日 (月)

(続)センセイ、アパートの契約更新料を支払ってください

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(前回からの続きです。)

さてアパートの契約更新料を未払いしている学校のセンセイに対して、WATANKOはアパート管理会社の担当のBさんに対して、当人の連絡保証人や勤務先(学校)に連絡して、当人に契約更新料を支払うようにプレッシャーをかけることを提案します。(というか半ば指示です。)

その後、数週間経ってもBさんから音沙汰がありませんでしたでの、やれやれと思いながらWATANKOが連絡を入れると、Bさんいわく

「ある日突然、センセイがアパート管理会社にやってきて契約更新料を支払っていった」

とのこと。

なぜ突然、センセイは支払いに応じたのか。

■家賃補助ほしさに契約更新料を支払う

種明かしをしますと、センセイは勤務先(学校)に住居費に対する補助制度を申請するために、賃貸契約を証明する書類に賃貸者の記名・捺印が必要となりました。それをもらうべくアパート管理会社を訪れたのです。アパート管理会社の記名・捺印をもらうのに、一方で契約更新料を未払いのままとするわけにはいかず、センセイは書類と一緒に契約更新料を持参してきたというわけです。

WATANKOとしては、これは大変、運が良い展開でありました。

しかしセンセイは勤務先の家賃補助の制度をそもそも元から知っていた可能性もあります。そのうえで補助制度の申請を滞らせることになりかねない契約更新料の未払いをなぜ起こしていたのか。もともと家賃補助の申請を出すときに契約更新料を支払うつもりであったのか。

センセイがアパート管理会社を訪れた日には、担当のBさんはお休みであり、別のスタッフが応対したため、このあたりの事情は知らずじまいでありました。

WATANKOがもしもその場に居合わせたなら、なぜ契約更新料を未払いしたのか、その理由を是非とも聞いてみたかったです。


■今後に向けた対策

この結末に対して、アパート管理会社のBさんは「いやー、支払いがあって本当に良かったですね。WATANKOさん」といかにも脳天気な返事を添えてくれちゃっています。

WATANKOはここで再びBさんに対して、「たまたま相手の都合で支払いがなされただけ。アパート管理会社のノウハウや努力があって、それが実った訳ではない。センセイが支払いにこなかったら一体どうするつもりであったのだ。だいたい打ち合わせたとおりの連帯保証人や学校への連絡はどうなっていのだ。それに支払いがなされた後も連絡をよこさず、こちらから問い合わせる始末ではないか。」という主旨のハードクレームを再びBさんにかましました。(ここで具体的に述べますと、ブログの品位を著しく落とすので詳しくは割愛します...。)

それに今回はセンセイに家賃補助を申請したいという弱みがあったからこそ、支払ってもらえましたが、センセイはまたいつ未払いを再発させるかもしれません。そういった事態に対して、現在のアパート管理会社の対策は脆弱そのものです。

そこでWATANKOはBさんに対して、

今回の我々の最大の収穫は、センセイが家賃補助を受けているという情報を入手したことです。今後、同種のトラブルが発生した際には、この情報を武器に交渉してください。具体的には、例えば何らかの未払いが起きたときに、以下の主旨を書いた督促状を差し入れてください。

『家賃補助を受けているのに対して、補助の対象となる賃貸契約の履行を怠っていることは、学校から家賃補助を不当に得ている、学校に対して虚偽の申請としていることになりますので、支払いが行われない場合には、学校に告発させていただきます。』

とインプットしました。これで以前よりも督促状の効き目があがりそうです。

しかし、実際に未払いが再発した際にBさんがきちんと行動するか、怪しい面もあります。いざとなればWATANKOが一緒になって行動をおこすほかないかもしれません。

やれやれ、委託手数料を返してください。

■賃貸者のモラル低下が心配

もともと賃貸人の99.9%は契約に基づき、きちんと賃料を支払っている人達であることはいうまでもありません。

それであっても過去にWATANKOは所有物件の賃料につき、賃貸者から未払いをくらうことがしばしばありました。未払いが繰り返されると、賃貸住居の入居者は、ひょっとしたらガストで無銭飲食をしたり、ローソンで万引きすることに比べて、賃料の未払いに対する罪悪感は薄いのかとすら思えてきます。

電気代を支払わなければ電気を止められるから、契約者は電気代の支払いを滞らせません。でも賃料は支払わなくても、すぐに追い出されない。ひょっとしたら踏み倒せる可能性があるなんて思っているか、とすら思えてきます。

元来、住居の賃貸契約においては賃貸人にとってなにかと有利になっています。貸し主は、賃貸人に一度貸してしまえば、賃料未払いがあったからといって直ちにサービス提供を停止する(住居から追い出す)手段をとるわけにはいきません。要件を満たし、手続きを踏むことで法的手段はとれますが、その場合、たいていは手間と費用倒れに終わります。賃貸人はそんな事情を知ってか不法・不当な手段をとろうとするのでしょうか。

WATANKOは賃料未払いに出くわす度に、上記のように賃貸者のモラルの低下がどんどん広まりはしないかと懸念します。

不動産賃貸業とは他人に商売や生活の場を貸し出すビジネス。そのビジネスを通して様々な人間の素性や性格、そして人生に嫌がおうにでも触れることになります。

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不動産投資に取り組もうとする個人投資家の皆さんにおかれまして、上記のことを頭のほんの片隅にでも覚えておいてもらえたなら、この記事を書いた甲斐があったと言えるでしょう。

2017年7月22日 (土)

センセイ、アパートの契約更新料を支払ってください

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(やれやれ、空室率だけでも頭が痛いのに...)

WATANKOは原則サラリーマンですが、半ば家業ともいえる不動産賃貸業も営んでおります。その所有物件の中にはアパートが含まれており、大手のアパート管理会社に募集と管理を委託しています。

今回はそのアパートの入居者のうちのひとりが、賃貸契約の更新料を支払ってくれないというお話であります。

■アパートの契約更新料の未払いが発生

WATANKOが保有するアパートは今年で築9年目を迎え、最近は空室率が徐々に上がる傾向がでてきました。そんな中にあって手取り収入の下振れを抑えるべく、賃料の他に入居者に支払ってもらう各種費用の確保や、退去時の修繕費用の自己負担の抑制には注意を払っています。

そんな折、アパート管理会社の担当のBさんから、入居者のひとりが契約更新料を未払いとしている旨の連絡を受けました。Bさんによると、これまで何度か支払督促の手紙を差し入れるも相手からの返事は無し、何度か訪ねて行っても居留守を使っている様子だそうです。

その連絡をうけたWATANKOは「じゃあ、管理会社としてこれからどうやって契約更新料を回収するの?」と問えば、「法定更新という扱いにして、あきらめるオーナーのケースもありますが...。」とさっさと白旗を上げ、オーナーにあきらめろという提案です。

全く持って情けない返答に当然ながらWATANKOとしてはBさんにハードクレーム(ここで具体的に述べますと、ブログの品位を著しく落とすので詳しくは割愛します...。)したうえで、「これからどう対処するのだ?」と再度問えば、「入居者に支払いをお願いし続けるほかありません。」と、およそ専門業者らしからぬ、債権回収ノウハウのかけらもない返答です。

Bさん(アパート管理会社)のあまりの情けなさに対して、WATANKOはクレームを通り越して落胆すら覚えました。

■対策を練る

今回の契約更新料の未払い者は、聞けば若い女性、学校の教師とのこと。公務員というと一般的に順法精神があり、契約厳守なイメージを持ちますがなかなかに厚顔な御方です。

WATANKOは気を取り直して、Bさんと今後の作戦を練ります。具体的に動いてもらうのはBさんの役割ですが、このままでは埒があかないので、WATANKOから以下のとおりアイデアを出しました。

(1)先ず連帯保証人に連絡して、当人に契約更新料を支払うよう促してもらう。あわせて当人が支払わなければ連帯保証人に請求させてもらう可能性も伝える。

(2)(1)でも支払わない場合には、当人の職場(学校)に連絡して、監督する者から当人に支払いを促してもらう。

「契約事を守らない、コンプラアンス精神に欠けた者が、教育の現場に携わり続けてよいものでしょうか?学年主任!そして教頭先生!!もしも貴方がたが当人に指導してくれなければ、この次は市の教育委員会に連絡させてもらいますがよろしいでしょうか?」

特に(2)は当人の勤務先が学校ということを踏まえると、かなり対面を重んじると思われるので効果が期待できそうです。また当人に対しては(2)を実行する前に、予告する方法もありかもしれません。職場に連絡がまわると知れば、事前に支払いを申し出てくることも期待できます。こちらとしては当人にダメージを与えることが目的ではありませんので、穏便に済めばよしであります。

ともかく時間が経ってしまうと、当人に対して「未払いでも構わないんだ。管理会社は督促するばかりでそれ以上は踏み込んでこない。」と思わせてしまう事になります。早急に上記の手を打ち、当人に支払いさせるようにもっていかねばなりません。

WATANKOは最後に「こちらは(休日出勤や、金融庁のミーティングやインデックス投資ナイトへの参加など)平日も休日も忙しいので、くれぐれも打ち合わせどおり連帯保証人や学校への連絡を行って下さいね。こんな時のために平素から管理委託料を支払っているのですから、何卒よろしくお願いしますよ。」とBさんに念押ししました。

■膠着状態のまま数週間が過ぎる。そして

その後、WATANKOは仕事が忙しくて、この件を半ば忘れており数週間が経ちました。その間、Bさんからは何も連絡がありません。

想像するにBさんは連帯保証人や学校への連絡を果たして行ったのか怪しいです。あるいは上司に停められているのかもしれません。

Bさんが打ち合わせ通りの対策をとらず、放置する展開は予想していたので、いよいよWATANKO自身が管理会社に乗り込んで、目の前でBさんに連帯保証人や学校へ電話を掛けさせようかと思案しました。

しかしその後、事態は急変しました。

契約更新料を未払いしていた学校のセンセイは、先日、アパート管理会社に突然やって来て契約更新料を支払っていったそうです。

センセイに一体何が起こったのか?

(つづく)

2017年6月28日 (水)

またひとり、不動産投資+インデックス投資を実践した個人投資家ブロガーを発見

【6月27日終値ベース運用状況速報】

■投資元本(待機資金含む)

76,000千円

■評価損益(分配金・確定損益・税還付込み)

41,475千円

■損益率

54.6%

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(おっ、WATANKOによく似た個人投資家を発見なり。)

個人投資家の間で米国株投資と並んでいま熱いのが不動産投資、と勝手に分析する駄ブロガーWATANKOですが、先日、とある個人投資家ブロガーの方からお願いを受けて相互リンクを貼らせていただきました。

ご紹介ブログ

予告されない投資の記録

管理人のぴいとさんは、株式投資、不動産投資と経て今はインデックス投資を行っている方です。

WATANKOは不動産投資をやっているといってもその実態は、もともと手持ちの不動産を活用する範囲にとどまるパッシプ、はたまた成り行き不動産投資家であります。本格的な不動産投資家にくらぶれば、亜流・傍流もいいところであります。(不動産投資の苦労面では、結構負けない自信がございますが。)

それに比して上記ブログのぴいとさんは、王道の不動産投資の経験の持ち主です。かといって華々しい成果だけでなく、少額訴訟を起こされた等苦悩した面もあり、そのあたりは等身大、身近な印象を覚えます。

もし若い方々でこれから不動産投資に乗り出そう、または乗り出し始めたという方々にとっては経験者の事例として参考になるやもしれません。

また上述のとおり株式投資の経験もお持ちであり、株式投資と不動産投資のわかりやすい比較記事も書かれています。

参照記事

株式投資と不動産投資

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なおWATANKOは不動産投資を手放しで勧めているわけではありません。資産形成の方法は色々ありますが、それぞれの仕組みやメリット、デメリットをよく理解して選択の有無を決めるべきと考えています。

不動産投資もまたやる、やらないを明確に判断するために、十分な情報が必要です。

情報は書店で平積みされている書籍や、業者や有識者が開くセミナーから得られるかもしれませんが、時として美麗字句を並べて、いいことばかりを謳うなど推奨一辺倒のケースがあるでしょう。情報を提供する側はそれで儲けたいからです。

それらだけでなく、実際に不動産投資を手がけたことがある個人から聞くことができる成功も失敗も織り交ぜたストーリーもまた重要な情報であります。

なおぴいとさんのインデックス投資は国内の定番ともいえるインデックス投信の他、VTやBND等海外ETFをいくつかバイ&ホールドするなど、WATANKOとしても参考になる商品構成であります。

今後の資産運用が目標達成できるよう祈念しております。

2017年6月11日 (日)

父が遺した最後の賃貸契約の終焉④-新しい賃貸先みつかる

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(前回からの続きです。今回で完結です。)

長年、店舗を賃貸してきたJ社が今年になって退去することが決まりました。そこでWATANKOは次の賃貸先を探さねばなりません。

■新しい賃貸先

今回空き物件となる飲食店舗位は鉄骨造りであり、まだまだ利用が可能といえる物件でした。

したがいWATANKOはJ社の退去について詳細を含めて最終決定する前から、いくつかの不動産業者や店舗開発業者に声をかけて、居抜き(店舗の内外装をある程度をそのまま転用する形)による利用を条件とした賃貸先の斡旋をお願いするつもりでした。

「つもりでした」と称しましたのは、実際にはこちらから動かなくとも、どこからか話を聞きつけて来たのか、いくつかの業者から早速当方へアプローチがあったので、WATANKOとしては労せずに斡旋を依頼することができました。

これは実はJ社による働きもありました。J社は退去を急ぎたいがために自身が知っている店舗開発業者にWATANKOの店舗を紹介していた模様でした。

こうやっていくつかの業者と面談し、斡旋をお願いすると早速、そのひとつから話が飛び込んできました。ほどなくWATANKOは店舗の2階にある事務所で先方と面談することになりました。

そこへやってきたのは不動産業者、FCチェーン展開を行う飲食店経営会社の担当、実際に店舗の賃貸先となるフランチャイジー、解体業者、建築業者の面々です。

■新しい店舗はラーメン店

出店したい店舗の種類はラーメン店。詳しくは書けませんが、XX味を売りとしており、同じ県内にある別の店舗を見学にいくと、かなり郊外であるにもかからず繁盛している模様です。

ただし彼らはWATANKOの既存店舗の居抜き利用という条件に対して、店舗を解体して、更地として賃借したという提案を出してきました。解体費用はWATANKO側にて負担、その後にフランチャイジーの負担にて店舗を建てて営業するとのことです。

現存の店舗はラーメン店としては規模が大きく、また店内のレイアウトも使いにくいとのこと。たしかに店舗はバブル末期に設計され、店内外とも意匠に凝ったつくりとなっていました。なにせもともとはお洒落なイタリアンレストランとして建てられていましたから。そのためにいまどきのラーメン店には不向きである様子は否めませんでした。

先方からの賃料の提案は、現在の賃料の3分の2です。また保証金もおよそ賃料の12ヶ月分を預託するとのこと。現在は土地と店舗の両方を賃貸していましたが、これが土地だけになるので減額は仕方がありませんが、それでも土地だけで3分の2の賃料を確保できたのでまずまずであります。(一方で、築年数が相当経過した店舗には賃貸する価値が低いとの見方もでき、その点はちょっと残念ではありますが。)

というわけでWATANKOは先方の提案を受諾して、フランチャイジーと諸条件を詰めたのちに仮契約を交わしまた。これから既設の店舗解体、測量をおこなった上で、定期借地権契約を取り交わすという段取りが待っています。

■土地のみの賃貸契約は歓迎すべき展開

店舗を解体撤去して、土地のみの賃貸という形態に切り替えることになりましたが、これは上物が無い分、リタ―ンは減りますが、同時に店舗維持に関わる様々なトラブルが起きることはなくなるため、リスクもまた格段に減ることになります。

サラリーマンを兼業するWATANKOは不動産賃貸業に多くの時間を割けません。また将来のリタイア後においても悠々自適な生活を満喫するために、不動産賃貸業のトラブルにつきあわされる可能性は減らしておきたいものです。

したがい賃貸物件がトラブルフリーの方向に向かうことはWATANKOにとっても歓迎すべき展開でありました。

さてその後ですが、現在、不動産業者のアレンジのもとに各契約の手続きや解体工事が手際よく進められています。

特にフランチャイジーは、早く新店舗を立ち上げて商売をスタートさせていきたいという意気込みに満ちていました。WATANKOとしても賃料収入が途絶える期間をミニマムにできて助かりますし、フランチャイジーの意欲に大いに期待したいところです。

新店舗のオープンが今から楽しみになってきました。

ところで以下は余談です。

仮契約がすみ、J社社長が一足先に立ち去ると、面々とWATANKOは誰ともなく、J社について語り始めました。

するとJ社のかなり大変な内情について、WATANKOが説明するまでもなく、皆の間ではとうに十分知れわたっていることがわかりました。もちろん誰もがJ社に対して信用しておらず、今後は一切の取引を避けたいという意見で一致しました。

ウラではみんな知っている。あな恐ろしや。


(あとがきにかえて)

WATANKO「先日の“バスの食堂”跡地の売却といい、今回の賃貸先の切り替えといい、なんとか目論見に近い内容でまとまってよかったよ。」

妻ミサト「お疲れ様。想像していたより早く決着がついてよかったわね。」

WATANKO「ああ、懸案の不動産物件について条件にほぼ合致した買い主や賃貸先が見つかってよかった。こういうことはタイミングがとても大事。同じ相手であっても1年前や1年後には果たして話がまとまったかどうかわかりませんわ。」

妻ミサト「私との・・・」

WATANKO「妻の次のセリフは『私との出会いと結婚のタイミングもとても大事だったでしょう?』という、だ。」

妻ミサト「!!!」

2017年6月 9日 (金)

父が遺した最後の賃貸契約の終焉③-退去に至る道

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(前回からの続きです。)

東日本大震災にて被害をうけたJ社は経営危機に陥り、賃借先の店舗オーナー達に対して賃料の支払いの遅延を引き起こしました。WATANKOはこの事態がどこまで深刻になるか読めず、その収拾と今後の管理マンパワーの削減のために不動産業者K社に管理を委託することにしました。

■悪化する関係、そして退去へ

K社は地元で古くからある不動産業者であり、現在は若社長(といっても40代)が2代目として、老舗ならではのネットワークを駆使して営業しています。そのスタイルは当事者間の契約にキッチリ基づき、オーナー側の利益を第一に、相手に対して義務の履行を徹底的に要求し、法的手段もいとわないタイプです。年輩の業者にありがちな「何事も話し合いで円満に解決」というスタイルとは180度正反対です。

WATANKOは「K社に賃料の回収を含めた管理業務の一切を委託したため、今後の連絡は先ずK社を通す」旨をJ社に連絡しました。その後のK社はJ社と打ち合わせを行い、その毅然とした姿勢と交渉によって、数か月後には遅延していた賃料が支払われることになりました。

しかしJ社の社長は腹の底ではK社の存在を認めておらず、何かあるたびにWATANKOに直接連絡をよこしてきます。その都度WATANKOはK社を通して連絡・交渉する旨を伝えますが、J社とK社と間には連絡が全くやりとりされません。トラブルが起きてもJ社とK社との間は没交渉な関係が続きます。

やがて店舗の電気設備の更新をめぐるトラブルが起きると、J社の社長は賃料の未払いを起こす始末となりました。さらにはWATANKOの店舗との契約を終了させて出ていくことを腹に決め、今年の年明けになってWATANKOに連絡してきました。

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2017年不動産投資リスクの発生-賃貸契約解除は突然に

■ボヤの発生、そして退去へ

J社との契約終了にあたっては、管理を委託しているK社にWATANKOの要望を伝えて一切を取り仕切らせるのが本来のやり方です。しかし上述のとおりJ社とK社は没交渉の状態にあり、このままでは退去の段取りの打ち合わせが進むとは思えません。そこでやむなくWATANKO自身が退去について、J社と直接協議することにしました。

震災以降、K社に管理を委託するも当初遅延していた賃料の回収以外はK社はJ社に対してほとんどまったく管理会社として機能していませんでした。これについては2社の態度や行動にそれぞれ問題があった面もありますが、一方でWATANKOはやはり不動産賃貸のトラブルはオーナーが自ら動くことが必要であると今更ながら痛感することになりました。

またここにきて更にトラブルが発生しました。J社はWATANKOに年初の時点で半年後の退去を連絡してきたのですが、春先になって店舗にてボヤ騒ぎがおきて消防車が出動する羽目となりました。

ボヤの被害は結局ごく小規模でありましたが、J社としては今更修繕して営業再開する気もなく、ボヤの翌日時点で直ちに閉店せざるを得ない事態となったわけです。

こうなるとJ社からみれば退去の予定期間まで売上もたたない、ボヤでJ社自身にも損害が出る事態となり、退去をできれば前倒しにしたい、退去にあたって復旧費用などの出費を抑えたいという願望がでてきました。

そこでWATANKOはJ社の社長と何度か打ち合わせを重ねて、退去にあたっての条件につき協議してきました。なかでも賃貸契約書に書かれている「原状復帰」の定義や保証金の取り扱い等について、双方の意見は食い違いことが多々あり、J社社長はE社から店舗の営業を譲りうけた時の条件等WATANKOがあずかり知らないことまで持ち出して自己の主張を通そうと必死です。

結局、J社にある程度譲歩する形にて退去の条件を決めて、当初の予定より1ヶ月早く賃貸契約を終了させることになりました。

こうしてWATANKOはJ社との間に合意解約書を取り交わし、16年間続いてきた賃貸契約は終焉を迎えることになりました。

■J社について

WATANKOにとっては、これを機会にJ社と手を切ることができたことは幸いでありました。J社はE社の破綻から成り行きで賃貸先として付き合う関係になりましたが、J社の飲食店経営のリスクにWATANKOの店舗はよく巻き添えをくっていました。

それであってもWATANKOとしては賃貸を継続してくれることを第一優先として、トラブルが起きても穏便に済ませてきたり、賃貸を開始した初期の頃はJ社の好き勝手な振舞いを随分と黙認してきました。

J社は上場を狙った無理な店舗展開やその後の震災から受けたダメージから、この先の経営はまだまだ大変であろうと予想していました。J社の社長はプライベートでは数億円かけて豪邸を建てたり、数千万円もする英国の超高級車を乗り回していますが、会社の内情はかなり大変であることは調べがついていました。(会社名を伏せているとはいえこれ以上はちょっと書けず...。)

もしもJ社がE社と同じように経営が破綻すれば、WATANKOの賃貸契約にも悪影響を及ぼしかねず、WATANKOはかねてからそういったJ社とは関係を絶ちたいという意向を年々強く持つようになっていたわけでありました。

しかしこちらかは契約解除を申し入れれば、J社からはどのような条件をふっかけられるかわかりませんので、K社と相談しつつ、J社の情報を収集しながらここ数年は手を切る機会をずっと探っていたというのが実情でした。

それがこの度、J社からの申し入れを契機に契約終了、退去が成立したことは丁度よい展開でありました。

気がつけば、この賃貸契約がWATANKOが父から引き継いだ契約の中で、最後に残ったものでありました。この契約を終了させたことで、父から受け継いだ賃貸はごく小規模の駐車場物件を除いて一切がなくなりました。

さあ次はこの店舗の再活用であります。

(つづく)

2017年6月 7日 (水)

父が遺した最後の賃貸契約の終焉②-経営会社の破綻と次の担い手

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(前回からの続きです。)

WATANKOが新社会人になった1991年に、父は土地区画整理事業の結果、新たに手に入れたロードサイドの土地を使いイタリアンレストランを始めました。背後には新興住宅街があり、目立つ競合店もなく、また地方都市ではもの珍しかったため、当初はとても繁盛しました。

しかしこうした順風満帆な時期は10年と続きませんでした。

■経営会社の破綻

父が賃貸契約した飲食業経営会社E社によるイタリアンレストランの運営自体は目立ったトラブルはありませんでした。問題が生じたのはE社そのものの方です。

このE社は中小規模のオーナー企業です。それ自体は特段珍しいことではありませんでしたが、色々と店舗拡大に手を出して借入金が嵩んできたところへきて、いくつかの店舗で失敗し損失を発生させたため、会社の資金繰りに窮するようになりました。その根本にはE社の社長の放漫経営がありました。残念ながら父のビジネスパートナーを見る目が甘かったと言うほかありません。

やがてほどなくE社は金融機関と取引停止になってしまいます。するとE社の社長は知り合いから借金を重ねたり、自分が保有する営業権や債権を、関係者に断りもなく色々なところに勝手に売りさばくなどして資金を得るという状態に陥りました。

そのうちE社に対する債権者の中には、ほどなくE社に見切りをつけ、その債権を第三者へ売り渡す者が出てきました。不味い事にはその売り渡し先には、現在でいうところの反社会的勢力も含まれており、こういった勢力からE社は追い回される始末となります。

やがてE社は経営破綻となり、社長は雲隠れをしてしまいました。

それでは父のイタリアンレストランはどうなったかというと、E社の社長が雲隠れする直前に父とWATANKOのところにやってきて、「お店の経営を同業他社に譲渡したので、以降はそちらと契約を継続して欲しい。」と告げて去っていきました。

その時につれてきたのが、以降現在まで賃貸契約を続けているJ社でした。J社はE社にいくらかの対価を払ってレストランの経営権を買った模様です。

J社は父の店舗がある県とその隣県にてラーメン、とんかつ、回転寿司、カラオケ、焼肉と多様な飲食業種を合計数十店経営する地方企業であり、E社同様オーナー企業です。

E社は経営破綻しましたが、父のレストランはその寸前でJ社に、その運営が引き取られて、営業を継続することができました。

ちょうどこの頃から、WATANKOは父からこの店舗のオーナーとしての管理を実質的に継承しました。

■新しい経営会社とのやりとりの日々

こうしてお店はJ社に引き継がれたのですが、その運営は決して順調とは言い難く、色々な出来事がありました。WATANKOの店舗ならびにJ社におきた主要なエピソードだけでもあげてみるとざっと次のとおりです。

▼J社が営業を引き継いでほどなくして、E社への債権を手に入れた反社会的勢力のひとつが店舗の商標権絡みで因縁をつけてきました。その結果、解決策として店の名前を変更する羽目となりました。

▼2002年に道路交通法が改正され、飲酒運転についての罰則が強化されると、お店での酒類の売上が激減します。このあおりをうけてJ社の社長に懇願され店舗の賃料を引き下げることになりました。

▼J社は2000年後半には株式上場を狙いとして、事業展開を加速させていきますが、急な店舗拡大に対して、各店の運営を任せられる人材の供給が追いつかない状態となります。こうしてJ社の経営は水ぶくれとなり、社長の目が行き届かなくなり、店舗のあちこちでトラブルが頻発するようになりました。

▼WATANKOの店舗も近隣にイタリアンレストランの競合店がオープンするほか、様々な飲食店が出来上がってくると競争が激しくなり、売上はどんどん落ちていきます。このあおりをくらい賃料を再び下げざるをえない事態となりました。

▼J社は店舗の売上回復のためにWATANKOの店舗をイタリアンレストランから焼肉レストランへと変更、さらにカニ料理店に再変更、その後また焼肉レストランに戻す等、迷走を続けてきました。なおこれらの変更はほぼJ社の独断で行われましたが、WATANKOは賃料を支払ってくれれば大きな口出しはせず、見守ってきました。

以上、どれもがブログ記事になりそうなネタばかりのエピソードです。

さらに事態は動きます。

▼2011年に東日本大震災が起こると、J社の店舗もいくつかのダメージを受けて、閉店に追い込まれました。また売上も激減し資金繰りに窮するようになり、J社は多くの店舗オーナーに対して賃料の支払い遅延を引き起こしました。WATANKOの店も同様に遅延被害を被りました。

WATANKOは本業のサラリーマン業で手一杯でしたので、この賃料遅延を契機に、地元にて取引があった不動産業者と管理委託契約を結んで、いくらかの管理手数料を支払うことによって、こうしたトラブル対処を含めた以降の対応を任せることにしました。

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今覚えば、これがJ社との契約終了の遠因のひとつでありました。

(つづく)

2017年6月 5日 (月)

父が遺した最後の賃貸契約の終焉①-父が開いたお店

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(美味しかったあのパスタよ、もう一度)

WATANKOは首都圏にて働く一介のサラリーマンでありますが、同時に半ば家業ともいえる不動産賃貸業を営んでおります。

今から18年前の2000年頃から、年老いた父に代わり実家が営む不動産賃貸業を徐々に引き継ぎました。それは当時、実家とは離れたところに住むWATANKOにとっては少なからず時間的な負担となりました。この不動産賃貸業を引き継いだことが、のちにWATANKOが実家がある地方都市に転居することになった原因の一つでもあります。

さてWATANKOは父からこの家業を引き継いでから、いくつかの物件について様々な事情により賃貸契約を終了させてきました。その一方で毎年貯めてきた賃料を原資として、数年おきに数千万円単位の新規の不動産投資を行い、新たな賃料収入を獲得してきました。このブログでもそういった過去の不動産投資のエピソードや、体験したトラブルをもとにした記事をこれまでいくつか綴ってきました。

こうして不動産物件のスクラップ&ビルドを繰り返してきた結果、いまや所有する物件は1件を残してWATANKO自身が築きあげてきたものばかりになりました。

今回は、その残る1件について、ついに賃貸契約が終了し、新しい賃貸物件として生まれ変わるという話です。

■土地区画整理事業が進展した時代

時に1980年代。

WATANKOの父は、生業である農業を将来廃業することを視野にいれて保有する田畑を別の用途に再活用することに取り組んでいました。

おりしも当時のWATANKOの実家があった地方都市は、中心市街地から離れた郊外地域の開発がどんどん進められていました。

具体的には、田畑や山林を所有する地権者の中で隣地の者たちが集まり、共同で区画整理組合を興して、皆が所有する田畑の再開発を進めたわけです。土木工事を行い切り土あるいは盛り土によって土地の高低差をなくして整地します。幹線道路を拡幅し、ライフラインを引いて街区を割り当てます。整備された土地は新しい区分けに基づき、一部は工事代金含めた事業費の支払いのために売却され、残りは元の地権者達に分配されていきます。地権者は所有地が元のデコボコな地形から、きちんと整地された平坦な土地へと換地されます。ある地権者はそれを売却する、また別の地権者は事業用地として賃貸に供していきます。

こうした土地区画整理事業は街のあちこちで行われていました。

今回とりあげる物件がある地域もそうした土地区画整理事業のひとつとして進められた土地開発の一つになります。平行する2つの大きな幹線道路に挟まれた土地の間にバイパス道路を設け、その周辺が土木工事の結果、整地され低層の住宅街と商業区へと開発されたわけです。

その土地は新たな地名がつけられ(類似のケースではよく「○○○台」「△△△が丘」などとつけられることが多いです。)中央道路沿いには商業店舗が立ち並び、その背後にはたくさんの分譲、賃貸の住居物件が建てられました。さらには学校が誘致されたり、病院が建てられたりしてきています。

ここまでくるとかつてのどかであった田畑の風景は一変し、活気とと賑わいがあふれた街並が出来上がりました。

■イタリアンレストランのオープン

さて今回の地域の元々の地権者の一人であるWATANKOの父には、土地区画整理事業の結果、幹線道路沿いの一区画が新しい所有土地として割り当てされました。そこに父は1991年に飲食店舗を建てて、飲食業を営むE社に賃貸することにしました。

ちょうどその頃、WATANKOは大学を卒業して新社会人になりました。飲食店舗の建設にあたって父は資金借り入れを行い、WATANKOが連帯保証人になった(させられた!)記憶が今でもあります。

お店を借り受けてE社はイタリアンレストランをオープンさせました。店内は天井が高く、店内にはピザを焼く窯が設置され、外国人の料理人を雇うなど当時、地方都市のイタリアンレストランとしてはお洒落で本格的な仕立てでありました。

すぐ背後にはたくさんの家々が立ち並び、また競合店が皆無であったため、このイタリアンレストランはとても繁盛していました。

WATANKOの記憶では、お店のオープン当初、父は知り合いを頻繁に呼んで飲食していたようです。WATANKOは離れて暮らしていたせいか、あまり訪れることはありませんでしたが、色々なルートからその繁盛ぶりが伝わってきており、父が多額の借り入れまで行って開始した飲食店舗がヒットしたことに安堵したものです。(なにせ連帯保証人でしたから。)

しかしこうした順風満帆でいられた時期は10年と続きませんでした。

(つづく)

2017年5月17日 (水)

(続々)“バスの食堂”があった土地を売る日が来た

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(前回からの続きです。)

前回、WATANKOは遊休土地の活用について、賃貸と売却の2ケースを比較したところ、賃貸のリスクを勘案すれば、売却の方が利益ありとの判断を下しました。

しかしながら土地の活用の検討は想定期間における損得勘定だけでなく、さらにその先のことも視野に入れて考えるべきであります。

土地を持ち続けていれば、お金が本当に困った時に、処分して資金需要に充てることができます。またそのような時期が来るまでは、リスクがあるとはいえ賃貸収入の機会を見込むことができます。

■土地を子どもに引き渡すことが幸せか

土地を所有している間は固定資産税がかかりますし、トラブルも発生するかもしれません。はたまた「売ってくれ」「貸してくれ」という話も舞い込んでくるかもしれません。

こういった不動産を所有し続けていることで生じる諸々の事柄に、長きにわたってつきあっていくことが所有者には求められます。

WATANKOは父が認知症になり、そのまま亡くなった結果、いやおうなしに土地を引き継ぐ形となりました。それをいまさらどうこういうつもりはありません。

それでは同様に、自分の子ども達に、土地の所有という懸案を、何の気なしに引き渡してしまって良いのでしょうか。WATANKOと同じように、子ども達に土地のことを取り扱わせ続けることは果たして、彼らにとって100%幸せなことなのでしょうか。彼らにとって将来の重荷や制約をもたらしたりはしないでしょうか。

例えば悩ましい例をあげれば、郊外の山林を所有していた場合はどうでしょうか。中途半端な規模で、そのままで収益を上げるような活用方法には乏しく、造成しようものなら大変な費用がかかります。ただ所有し続けても固定資産税がかかります。雨風で土砂崩れが起きるなどのリスクもあります。

親から引き継いだこの山林を、そのまま子どもに引き継がせることは、土地神話があった昔ならいざ知らず、今の世の中において果たして無条件で幸せといえるのでしょうか。

■子ども達に引き渡すべきは現物ではなく収益

子ども達に土地を引き渡すことは、足枷のようになりはしないか。

ここで土地の所有の目的を改めて考えると、それは収益をあげることにほかなりません。

逆に言えば、収益を上げることができるのであれば、それは何も現物の土地にこだわる必要はありません。

ならば土地はお金に変えてしまい、そのお金を運用して土地からの賃貸収入と同じように収入を得た方が、子どもにとって制約が少なく、ありがたい形になるでしょう。

資産形成に励む個人投資家の中には不動産投資を選好する方々がいます。不動産を購入して賃貸することによってさらに収入を得るというスタイルです。そのような不動産投資がある一方で、逆に不動産を処分してお金を得て、それを元本に運用益を得るスタイルがあってもおかしくはないでしょう。

WATANKOは今回、遊休土地の売却を意志決定しました。遊休土地を賃貸して収入を得る形から、土地を売却して得た資金を運用して収入を得る形へと変えました。資金を運用した成果を子ども達に引き渡す方針へと変更したわけです。

引き渡すべきは現物ではなく収益だと判断しました。

子ども達に一定の資産を引き渡す意志は変わりませんが、足枷のついた資産ではなく、もっと自由度の高い資産を渡すことにしました。

■お金の殖やし方

では土地を売却して得た資金を、今度はどうやって増やすのか。

日頃、この駄ブログにお越しの皆様におかれましては、もはやこの先は説明不要かもしれません。

基軸となる資産の増やし方は、インデックスファンドを用いたバイ&ホールドです。この手段に迷いはありません。

ただし、現在実践中のインデックス投信の積み立て購入というスタイルではなく、不動産投資によって毎月一定の収入を得る形と同様に、例えばETFを購入して、分配金収入を得るスタイルも良いかもしれません。ただしこれはインカムゲイン重視のスタイルですが、大きなキャピタルロスが伴ってしまっては意味がありません。その場合には値動きが落ち着いたETFを選ぶ事が重要であります。

(あとがきにかえて)

WATANKOの父母はすでに他界していますが、バスの食堂の調理と接客をお願いしていた近所の知り合いのおばあさんはまだお元気です。近所を散歩しており、時折挨拶を交わします。おばあさんに会うたびに、“バスの食堂”の記憶がWATANKOの頭をよぎります。

あの国道沿いに昔あった“バスの食堂”。新しい土地の持ち主は、収益をあげるためにあの土地にどのような”バスの食堂”をつくるのか。その土地にかかわる人達の間に、どのような記憶が刻まれるのか。

WATANKOが知らないところでそれが始まろうとしています。

2017年5月14日 (日)

(続)“バスの食堂”があった土地を売る日が来た

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(前回からの続きです。)

WATANKOは子どもの頃の思い出、そして親の想いが残る“バスの食堂”跡地を再活用するにあたり、従来方針の賃貸だけでなく、売却も選択肢に入れて検討することにしました。

早速、複数の不動産業者とコンタクト、売却先の斡旋をお願いするとともに、近隣の価格相場をはじめとした最近の地元の不動産取引に関する情報を入手しました。

不動産業者には商売柄か話し好きな人が多く、近隣の不動産取引事例や、土地オーナーの動向など様々な情報が入手できました。それらの中には近所の井戸端会議で話されるような家庭の内情もふくまれていたりもします。

一方で、同様にWATANKOから話した所有不動産他に関する情報も周囲にだだ漏れするだろうなということは容易に想像できたので、当方からの情報開示には注意しています。

不動産業者にコンタクトした結果、近隣の賃貸金額と売却金額の相場情報が手に入りましたので、賃貸に供したケースと、売却処分したケースを試算してみました。

具体的な数字は控えますが、試算した項目は次のとおりです。

■賃貸と売却の比較

賃貸ケースにて一定期間の合計における手取り利益総額を試算する場合、以下の項目が考えられます。

2017051411

このうち、主なリスク要因は③年額賃料と⑨賃貸年数です。詳しくは後述します。

次に売却ケースにて手取り利益を試算する場合、以下の内訳が考えられます

201705142

さて、WATANKO遊休地を対象に賃貸と売却の2ケースを試算してみました。

賃貸又は売却の単価は近隣の現在の相場水準。期間は20年で比較すると、試算結果としては手取り利益総額は賃貸と売却では著しい差はなく、同水準でした。

しかしこの結果に対して、さらに次の内容を考慮しなければなりません。

■賃貸の収益リスク

賃貸の場合、何よりまずもって現在、遊休状態となっている土地を利用してくれる賃貸先が実際に現れることが必要です。それも試算にて設定した期間の中で、できるだけ長く賃貸として利用してもらわねばなりません。それはアパートの入居率を高く保つのと同じです。

しかし実際には、たとえ賃貸先がみつかったとしても、将来にわたって借り続けてもらえることができるかどうかは事前に保証されません。それに賃料も、賃貸先が土地を用いた商売がうまくいかなくなれば、値下げ交渉の俎上に挙げられてきます。

この他にアクシデントが起きれば、それにかかわる費用が発生するおそれもあります。(これは土地の賃貸だけならまだしも、加えて建物も賃貸する場合なら半ば覚悟しておいた方が良いでしょう。)

20年等の長期にわたって切れ間なくずっと賃貸が出来て、賃料は1円も下がらない。アクシデントが一切起きないと考えるのはかなり楽観的であり、そこには収益獲得の不確実性をはらんでいるわけであります。

余談ですが、WATANKOの経験則では賃料や賃貸期間については10%~20%の欠け目を織り込んでおくくらいが望ましいでしょう。またアクシデントに備えて、一定の資金を日頃から引当してことも推奨します。

なお売却の場合は、言うまでもありませんが、売却価格が決まれば手取り利益はほぼ確定します。


■利益を再投資した結果も上乗せ

この他に比較すべき要素としては双方のケースで算定した金額を現在価値に引き直して比較する必要があります。これについては、わかりやすい比較としては賃貸、売却ともに手取り利益を同期間、再投資した場合、得られるリターンをそれぞれ上乗せするやり方がよいです。

賃貸では賃料は月次で徐々に入金され、その内利益分を都度、金融商品等を購入する再投資にまわすとします。一方で売却では多額の金額をただちに、そして長期にわたり運用するとします。その場合、両者が同じリスク商品であれば、再投資にまわしている資金の延べ総量は売却の方が大きいことから、売却の方が再投資のリターン実額は高そうであります。

以上のとおり、賃貸を売却と比較した場合、賃貸では将来に渡る収益の不確実性と、再投資のリターンが劣後する傾向から売却よりも不利は否めません。

これを覆すには、売却金額がとても低くて(あるいは高い賃料が設定できて)、その結果、賃貸の方が売却よりも、(試算上は)圧倒的に高い利益をもたらす場合です。それであれば不確実性や再投資の劣性を補ってなお、最終的に賃貸の方がお得になるでしょう。


■さらに先を視野にいれて考える

以上のとおり、WATANKOの遊休土地の場合では、売却の方が利益面ではメリットありとの判断になります。

しかしよくよく考えてみると、売却においては土地を手放すわけですので、それ以降の収益獲得の機会は無くなります。一方で賃貸の場合では、20年間における収益がたとえ目論見を下回ることになっても、20年後においても土地を所有し続けて、更なる収益の獲得や、その時点での売却も可能となります。

したがって土地の活用について賃貸か売却かを選ぶにあたっては、想定期間における損得勘定だけでなく、さらにその先のことも視野に入れて考えるべきであります。

(つづく。次回で完結です。)

2017年5月13日 (土)

“バスの食堂”があった土地を売る日が来た

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WATANKOが不動産投資家としての活動を本年2月にリブート(再開)してから3カ月近くが経ちました。

その活動のメニューには保有する、とある遊休土地の再活用も含まれていました。

■賃貸から、賃貸or売却へ

その土地は遊休化してから、丸4年以上が経ちましたが、その間なかなか賃貸先が決まらず活用が進みませんでした。その主因は、振り返ってみれば斡旋をお願いしてきた不動産業者のパフォーマンスの悪さにありましたが、そのような業者を起用し続けたのはあくまでWATANKOの自己責任ですので、仕方ない面でもあります。

そこで今回はこの遊休土地について再びマネタイズを考えはじめたのですが、そこでは「賃貸」だけでなく「売却」もまた検討の俎上に上げることにしました。

賃貸ケースと売却ケースでどちらのトータルリターンが良いか。それを試算した上で、売却の方のリターンが良ければ、思い切って処分する選択肢もとる覚悟でいました。

実は2つの選択肢があり得るところまで自分の決意を固めるだけでも、WATANKOは結構悩みました。

なぜならその遊休土地は、WATANKOにとって少なからず思い入れがある土地だったからです。

■“バスの食堂”の記憶

時に西暦1972年。

今からおよそ45年前、WATANKOが保育園児であった昭和40年代後半の頃、WATANKOの父は国道沿いのとある場所に土地を所有していました。一部は田んぼでしたが、道路沿いの部分は土くれの不整地でありました。

詳しい経緯は不明ですが、父はそこに廃棄となったバスを設置し、中の座席を一部撤去して食堂としてあつらえ、近所に住む知り合いに調理と接客を頼んで、食堂を経営していました。

それは通称“バスの食堂”と呼ばれていました。

当時、国道を挟んで“バスの食堂”の反対側には大規模な物流施設があり、工事も頻繁に行っていました。よってそこで働く作業員がよく昼食をとりに“バスの食堂”をやってきたそうです。食事処やコンビニがあちらこちらにある現代と異なり、作業員たちにとっては近隣に食事をとれる場所がなく、また汚れた作業着のまま、そして作業靴を脱がずに土足で食事ができるとってもカジュアルな飲食店として“バスの食堂”はそこそこ集客していたようです。

WATANKOもまた保育園の帰り道に母につれられて時折、“バスの食堂”に立ち寄りました。そこにおいてある少年サンデーや少年チャンピオンを読みながら、WATANKOはカレーライスを頬張っていた記憶があります。

その後、WATANKOには記憶がまったくないのですが、“バスの食堂”はいつの間にか撤去され、土地は整地され、今度は長年に渡り飲食店舗や駐車場として活用され続けました。


■“バスの食堂”の軌跡

この土地は、WATANKOが実家から不動産賃貸業を引き継いでしばらくは賃貸活用されていたのですが、現在は遊休地となっております。

この土地、すなわち“バスの食堂”の跡地とは、WATANKOの両親が農業という低収入の家計を補うべく、所有地を色々な形で活用してきた軌跡でもあるわけです。

そこにはWATANKOは自分がカレーライスを頬張った記憶だけでなく、父母が自分達、そしてたったひとりの息子であるWATANKOの将来のために懸命に稼ごうとした軌跡があります。

そのような軌跡がある土地を売却する気持ちには、WATANKOはなかなかなれませんでした。よって不動産賃貸を親から引き継いで以降、この遊休土地は賃貸としての活用しか考えてきませんでした。

しかしそれを今年に入ってから、思い直すに至ったわけであります。

(つづく)

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